2015年1月26日月曜日

中堅世代-それぞれの建設業・79/居心地の良い地域の中で

歩切りをすれば利益が損なわれるのはわかっているが…
 「定時とはいかないが、そう遅くない時間に家に帰れる。夕飯は早く帰った方が作る。きょうも嫁ではなくて俺かな」。
 桜井朋彦さん(仮名)は、大卒で入社した電気設備工事会社を7年で退職した後、地方都市の市役所に勤める公務員だ。技術系の職員として採用され、上水道や教育施設の修繕、工事計画などを担当。即戦力として重宝され、今はここ数年の投資的経費の大半が投じられている大型施設の大規模更新を任されている。
 「民間企業で課長になった同級生は忙しそうにしている。仕事してから結婚式に来たり、平日に予定していたゴルフの予定を直前で延期したり。出張で各地を飛び回っているやつもいる。俺は…まぁ、今のままでいいかな」
 受注者との協議や、地元住民への説明などで慌ただしい日常を送ってはいるが、連日の夜勤や長期間休みがなかった前の仕事に比べれば、自分の時間は劇的に増えた。趣味を通じて、妻になる行動的な女性とも出会えた。「休みがなく、遊びにも実家にも行けなかった。今より15キロもやせていたな。転職して良かったよ」。そう言い切れるようになった。
 総合評価方式の入札拡大、改正公共工事品質確保促進法の成立、積算単価の是正…。発注実務に携わる中で、最近は国土交通省や総務省の政策と指示への対応に追われている。「歩切り? やったよ」。結果として1社応札になったある大型工事の発注では、県の単価やメーカーの見積もりなどを参考に丁寧に積算したが、最終的な予定価格は、1割とはいかないまでも数億円切り下げた。
 建設会社に勤務していたから、歩切りをすれば企業の利益が損なわれるのは知っている。下請企業に少なからずしわ寄せが行くことも分かっている。だが、「適正価格って何だ。民間が受注したい価格のことか? この工事から相手はいくら利益を得るのか、こっちは分からない。予算に余裕はないが、修繕したい学校や橋は多い。歩切りは駄目といっても、受注してくれたのだから、互いに許される範囲だったんだろう」と割り切った。
 契約書には、結果として設計変更が難しくなるような文言が並ぶ。「もちろん相手に問題がなく、突発的事象が理由ならスライドや設計変更には応じる。でも基本的に応じる気はない、と先方には伝えてある」。
 空調機をメーカーから仕入れ、取り付ける一人親方の父の背中を見て育った。長男だが家業は継がなかった。エアコンだと家電量販店の取り付け費込みの売価が、父の仕入れ価格を下回る時代になってしまった。父はひいきの住宅メーカーから仕事を得ているが、引退を前にして趣味のような位置付けで仕事をしている。父のような一人親方の有り様、子どものころとは大きく変わった。
 社会保険加入が一人親方を直撃する問題だと分かっていることもあって、建設産業は転換期に来ているとみている。「建設専門紙、読んでるよ。地域向けの小さい工事が載る新聞と全国紙。前の会社の記事も載るしな」。業界の情報は熱心に仕入れている。
 父の背中、社会人として歩み始めた民間企業での経験、そして発注者という今の立場。同僚になった中学の同級生、電気設備の修繕で訪れた学校で旧交を温めることになった中学時代の体育教師、水道の漏水を止めた際にねぎらってくれた同級生の母…。経験を生かしながら、居心地の良い地域の中で、家族や仲間と触れ合える時間を大切に、目の前の仕事を淡々と片付けていこうと考えている。

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