2015年6月8日月曜日

【駆け出しのころ】鴻池組取締役常務執行役員土木事業本部長兼海外管理本部長・澤井清氏


 ◇周りの人すべてからの信頼を◇

 鴻池組に入社してからは、とにかく一日でも早く仕事を覚えようと頑張りました。いずれ自分で起業したいと思っていたからです。でも、現場で働くようになって1年ほどたった段階で、まだ一人前の仕事ができず、経営のこともほとんど分からない自分が、あと数年で起業するのは難しいと感じていました。そうして入社4、5年目のころには、この会社で頑張っていこうという思いに変わっていました。
 今まで多くの方にお世話になりましたが、その中で最初に配属された神戸市内の造成工事の現場所長と出会ったことが、後の私の仕事に対する取り組み姿勢に非常に大きな影響を与えました。その所長は当時32歳と若かったのですが、請負金額が数十億円に上る大規模工事を指揮されていました。先輩たちも含めて皆が新人の私をしっかり教育してくれ、よく飲みにも連れて行っていただきました。
 当時、私が兼務で担当した他の工事でこんなことがありました。住民説明の手順に行き違いがあり、地元の自治会長のところへ謝罪に伺った時のことです。何度も説明して謝ったのですが、どうしても受け入れてもらえません。双方の話が行き詰まってしまったところで、新たな解決方法が見つからない私は、なりふり構わず「一生懸命にやりますので、仕事を進めさせてください」と頭を下げてお願いしたんです。同行してくれた所長も一緒に頭を下げてくれました。
 その帰り道に入った喫茶店で、所長から思いもしなかったことを聞きました。あれだけ怒っていた自治会長が、帰り際に私のことを「仕事に一生懸命取り組んでいる若者なので大事にしてやってくれ」と話したというのです。これを知った時は本当にうれしかったものです。この日を境に、所長が私に掛けて下さる言葉はどこか変わり、ご自身のこともいろいろ話してくれるようになりました。
 現場に出ていた若いころは突貫工事も多くて大変でしたが、周りの方々にかわいがってもらい、精神的には楽しく仕事をさせてもらいました。そんな経験から、若い人たちには、発注者や上司だけでなく、協力会社の人や同僚、友達など周りのすべての人から信頼されることを目指してほしいとよく言っています。
 鴻池組には、上司が仕事の半分を部下に教えていくという教育文化が昔からあります。新入社員でも数年たったら、今度は自分が後輩に必ず教えていかなければなりません。そうやって企業文化を継承しつつ、働きやすい環境をつくることが、この時代に一番必要なものだと思っています。
 (さわい・きよし)1978年早大理工学部土木工学科卒、鴻池組入社。山陰支店土木部長、海外事業部土木部長、執行役員東京本店副本店長、取締役常務執行役員東日本所管統括兼東京本店長などを経て14年11月から現職。滋賀県出身、61歳。

最初に配属された造成現場で。
1日に測量杭を100本ほど打ったことも


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