2016年3月25日金曜日

【ストックマネジメントのあるべき姿とは】東京都市大学・三木千壽学長に聞く

 全国には約70万の橋梁と1万のトンネルが存在する。このうち、2013年度に橋梁は20%、トンネルは18%が建設後50年を経過し、2023年にはそれぞれ43%、34%まで高まると予想される。工学博士で東京都市大学学長の三木千壽氏はインフラストックの現状を人間に例え、成人期での「生活習慣病」の状態だと指摘する。不具合箇所を発見しきちんと処置すれば、今後も長く使い続けることが出来ると話す。

 ◇適切に修繕すれば100年持つ◇

 ――高度成長経済期に整備された道路インフラの早急な老朽化対策が求められます。

 「私は、1950~60年代に完成した道路インフラが、手を加えても回復不可能なほどの老朽化状態にあるとは思いません。人間の身体でたとえると、高齢期ではなく成人期の働き盛りではないでしょうか。確かに、この時期に建てられた構造物は、所々で亀裂、腐食などいわゆる経年劣化が発生していますが、それらは局部的であり、しかも限られた構造物です。老いによって病気を患ったのではなく、働き盛りの成人がストレスや不摂生な生活がたたり生活習慣病になったと考えれば分かりやすいです」

 「最近のインフラ50年寿命説は、1968年に大蔵省から出された『減価償却期間』に基づいたものであり、なぜか建設から50年が経つ構造物はいつ崩れ落ちても不思議ではないとの認識が広がりましたが、それは誤った認識です。1960年代の土木技術はたった半世紀で壊れてしまうものしか造れなかったのでしょうか。当時から日本の技術は優れていました。世界的に見て、50年を老朽化の基準としている国は珍しく、多くは100年に設定しています」

 「米国・ニューヨーク市にあるブルックリン橋は1883年の竣工ですが、現在も幹線道路として重宝されています。英国・ロンドン市内には、建設後200年を超す橋梁が数多く残されています。適切に修繕すれば、長く使い続けられる好例です。ただし、当時は認識されていなかった鋼構造物の疲労やコンクリート構造物の材質劣化、設計地震動が低かったことなどの課題に対応することは必須です」

 ――道路インフラを長く使い続けるために重要なことは。

 「不具合が見つかった場合は、その原因を正しく分析し適切な対処をすることです。成人が病院で高血圧だと診断されても、投薬などの処置を適正に行えば健康な生活を送れるように、道路インフラも工事が終わってから年数が経ったとしても、きちんと管理すれば100年間は維持できます」

 「修繕の技術に関しては、十分なレベルに達しているでしょう。今後は、点検・診断の精度向上が課題です。チェックがいい加減ならば、正しい手直しが出来ず品質の劣化はどんどん進みます。民間企業は、この分野が新築工事と比べて利益率が低いと言って敬遠しがちですが、それは修繕の部分にしか目が向いていないからです」

 「メンテナンス事業で採算を合わせるには、点検・診断技術を磨いて稼ぐ仕組みを確立することです。損傷が早期に発見され適切な診断がされることにより、メンテナンスにかかる費用は激減すると思います。修繕などの工事費用だけではもうけが少なくても、点検・診断も含めて利益を上げる仕組みを考えるべきでしょう。プラントやエレベーターなどの業界のビジネスモデルは参考になります」

 ◇点検技術者は数ではなく質を◇

 ――点検・診断のレベルを上げるにはどうすれば良いですか。

 「府省横断で研究開発するために政府の総合科学技術会議が司令塔になって予算を配分する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で、新しい技術が次々と生まれてくると思います。しかし、基本は接近目視です。実物を目で見て、手で触って状態を確かめることが最も信頼できる方法です。優秀な点検技術者の育成が急務です。現在、ロボットやドローンを活用しようとする動きが出ていますが、接近目視と同レベルの点検が可能であることが実装の条件でしょう。橋梁のほとんどの場所には接近が可能です」

 ――道路インフラの点検作業を担う人材の確保も大切です。

 「企業は、全国で道路インフラの点検作業が増えることを見越し、道路橋分野については、全国で数万人の点検技術者を確保したいと訴えていますが、数ではなく質が大事だと考えます。全体で500人程度の高いスキルを持つ人材がいればよいでしょう。全国で2メートル以上の橋は約70万橋、15メートル以上の橋は約17万橋あります。短い橋は点検する箇所が余りありませんので、構造的な性能をチェックするための定期的な検査が必要な橋の数は全国で約20万橋程度でしょう」

 「知人の医師から聞いた話ですが、外科手術は一週間に2~3件しなければ腕が落ちるそうです。特定の手術を200例程度経験して初めて専門医と呼ばれるそうです。点検技術者も同じで、いろんな症例を見ることで知見を深めて、優秀な人材に育っていくのです。一人前になるためには、最低でも年間50橋は見ないと無理ではないでしょうか。人数が多ければ、多くの橋梁を診断する機会が奪われる上、仕事量が少ない人も出てきます。やみくもに人数を集めなくてもよいのです。これは橋以外の分野でも同様です」

 「個人的には、新しい橋の建設よりメンテナンスのほうがはるかに面白いと思っていますが、メンテナンスの仕事は新築工事に比べて仕事の面白さが少々欠けると考える人は多いかも知れません。そのためにも、待遇を良くすることは大切です。ほかの業種よりも処遇を良くすれば優秀な人材が入職を希望するようになります」

 ――メンテナンスを強化することで、住民の安全を確保することが大切ですね。

 「道路インフラのオーナーは、国や自治体ではなく税金を納めている住民です。行政側は、道路の管理区分をとても気にしますが、住民は道路を歩いたり、車で走ったりする時にそこが直轄国道なのか、県道なのかは気にしません。中央自動車道・笹子トンネル天井板落下事故(2012年12月)を受けて改正された道路法では、すべての道路構造物に対して適切なメンテナンスの実施が義務化されました。そこではすべての道路構造物の安全性のレベルを同一にするために、地方自治体が技術的に難しい場合には国が代行できるシステムも設定されました。また、点検報告書は見える化され国が調査できるようにもなりました。いい加減な点検やその報告書の作成は出来なくなるでしょう。不具合を見逃し、悲しい事故が起こらないように、行政と企業の双方は責任を持って維持管理に取り組むことが責務です」。

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