2018年12月28日金曜日

【回転窓】道具を見れば人が分かる

大工道具の世界で名人と謳(うた)われる千代鶴是秀。11歳で道具鍛冶の叔父に入門し、1957年に84歳で亡くなるまでかんなやのみを作り続けた▼棟梁(とうりょう)らはしなやかでありながら、適度な固さを持ち、切れ味が鋭い是秀の道具を「しんなりがたい」と評し、一度は手にしたいと望んだという▼是秀没後の冬のある日、東京の老舗刃物商の非売品のかんなを店員が誤って客に10万円で売ってしまった。大学出の初任給が1万円の頃の話だ。購入者は間組(現安藤ハザマ)の社長。現場を退いても、刃物商に立ち寄っていたのだから、道具への愛着を失っていなかったに違いない▼「道具にこだわれば道具に恥じない仕事をするようになる」とは現場で出会ったベテラン職人の言葉。手道具から電気工具に変わっても、若手には「ものづくりを代表する建設の現場だからこそ、道具を大切にしてほしい」と言い聞かせているそう▼「道具を見れば人が分かる」とも漏らしたベテラン職人の腰に下がった工具は磨き抜かれていた。良いお手本が現場にいる今、若手が道具にこだわり技を磨き抜く努力を怠ってほしくない。

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