2019年1月7日月曜日

【世界で活躍する女性】レーシングドライバー・井原慶子さんに聞く/女性活躍の必要性や在り方は?

 ◇女性を本気で育てる覚悟を◇

 1990年代後半、レーシングドライバーの道へと進み世界で活躍した井原慶子氏は現在、自動車産業で女性活躍の裾野を広げる活動を展開している。「日本の基幹産業である自動車産業での取り組みが進めば他産業にも波及する」。女性が活躍できる仕組み作りが企業の競争力を高め、新しい時代の利益を生み出すと指摘する。日本社会における女性活躍の必要性や在り方を語ってもらった。

 レースクイーンとして活動する中で、メカニックやエンジニア、レーサーが生死を懸けて挑む現場を目の当たりにした。ここまで責任感を持って取り組む仕事があるのだと肌で感じ、自分も生まれたからには、頭と体が持つ能力すべてを発揮して本気を出す仕事をしてみたいと思い、レーサーの道に進むことにした。

 実際に始めてからは、レースクイーンやモデルをやっていた女の子としてもり立てられたが、結果を出した瞬間、足を引っ張ろうという言動が多くなった。このまま日本で活動し続けるのは難しいと考え、チャンスを得て英国の選手権に挑戦した。

 海外では、女性も外国人も、結果を出せば素直に受け入れられる。そんな世界を見て頑張ろうと思った。数は多くないが、レーサーとして活躍する女性もいた。

 それでも日本人、アジア人にリーダーシップを取ってほしくない人たちから差別を受けた。嫌な思いもしたが、自分で壁を作るようでは結果も出せない。だから、日本人女性を受け入れたくない人たちにも笑顔で話し掛け続けた。さすがに無視もできず、コミュニケーションが取れるようになると、「ケイコを応援するよ」と言ってくれる人たちも出てきた。
 レースで結果を出すことは当たり前だが、自主的にコミュニケーションを取ることで自分の道を切り開くことができた。17年に世界三大レースの一つである米国のインディ500で優勝した佐藤琢磨君や私など何人かが当時の欧州で活躍したことは、その後に日本人が海外へ出て行く基盤になったと思う。

 15年から国際自動車連盟(FIA)、日本自動車連盟(JAF)とウィーメン・イン・モータースポーツ・プロジェクトを進めている。自動車産業やモータースポーツでの女性活躍を推進するもので、レーサーだけでなく、エンジニアやメカニックなど、自動車に携わって仕事をしたいと考える女性を育てている。3年間で18歳から68歳まで1000人を超える応募があり、自動車に携わって仕事をしたいと考える女性が数多くいることが分かった。全員は育てられず、少しずつになるが、さまざまな訓練や実技、理論の習得などをICT(情報通信技術)も生かして指導育成に取り組んでいる。既に自動車やタイヤのメーカーで活躍する女性も出始めている。

 ◇多様性が企業の競争力に◇

 自動車産業は日本の基幹産業で、そこで女性が活躍できれば、間違いなく他産業に波及する。自動車産業で活躍する女性の数を増やして関心を高め、社会的ムーブメントを作り、女性活躍の裾野を広げたい。

 16年にソフト99コーポレーション、18年から日産自動車の社外取締役に招聘(しょうへい)された。自動車産業はほとんどの役員が男性で、日産の女性取締役も私が初めてだ。取締役会の役割が、多様な価値観から会社経営を管理監督することだとすれば、取締役を日本人男性にとどめる必要はない。女性目線で意見を出すことが改善につながる面もある。そうした多様性に加え、リーダー的ポジションとしてロールモデルとなることが女性活躍の裾野を広げることになると期待されているようだ。
アジアンルマンレース出場時(2017年)
 日本の企業には高度経済成長の成功体験から今も抜け出せていない面があると感じる。時代の流れが加速し、迅速な意思決定が求められるのに、組織の規模が大きくなって難しくなっている。社内でそれなりのポジションの人が発言しにくいこともあるようだ。社外取締役は、しがらみなく、改善すべき点をアドバイスできる。女性や外国人が取締役に入り、多様性を持つことが企業の競争力を保ち続け、透明性を高めることになるだろう。
 自動車産業と同様に安全が問われる建設産業でも女性が活躍できる職種はたくさんあるのではないか。

 私は自動車レースに取り組む中で、大雨など天候が悪い時や、24時間レースで寒い夜から太陽が昇って環境が変わるような場面で活躍させてもらう機会が多い。それは環境変化への順応性や感情のコントロール、解析能力などにおいて女性は優れているからだと思う。これまで可視化できなかったけれど生産性や競争力を向上させるための資質・能力を女性が持っていることは多く、企業の工夫次第で活躍できる場面は多いのではないか。

 そのためには女性が活躍できる仕組みを作らなければならないし、人数も増やさなければならない。
世界耐久選手権(WEC)で表彰台に
(2014年、富士スピードウェイで)
 これからの企業に求めたいのは、入ってきた女性を責任を持って育てることだ。女性が入り、「お手並み拝見」とばかりに失敗すればそこにつけ込むようなことが日本の社会には多かった。職場のリーダー、さらには経営者となるような女性を育て上げる覚悟を持ってほしい。

 体力面では、どうしても男女差はある。私もレーサーとして海外で活躍する中、男性と同じようにトレーニングを積み、世界を転戦して体をこわした。今はなるべく休む時間を多く取るようにしている。睡眠時間も男性と比べて長い。それだけ休むには、働いている時間にものすごく効率を上げなければならない。少ない時間で結果を出せる方法を自分なりに考え、仕事の生産性を上げることが重要だろう。

 自動車産業で推進する女性活躍は2~3年もすればいろいろな業界に広がっていくと思う。ただ現状でいえば、地方部にいくほど難しいようだ。男性と違う働き方で女性が活躍できる方法を考えることは、新しい時代の利益を生み出すことになるはずだ。

 (いはら・けいこ)1973年、東京都出身。法政大学卒。99年国内でレース初参戦。2000年英国の選手権に挑戦。12年WEC世界耐久選手権、ルマン24時間レースに参戦し、同年政府から「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」として表彰される。現在、ソフト99コーポレーションや日産自動車の社外取締役、慶応大学大学院特任准教授、FIAアジア代表委員を務める。

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