2019年3月28日木曜日

【著者に聞く】成蹊大学名誉教授・浅見和彦氏『日本文学きまま旅』

 2008年8月~15年8月に日刊建設工業新聞に掲載されたコラム「文学気まま旅」が書籍化された。執筆者である浅見和彦成蹊大学名誉教授が専門の日本古典文学などと全国の知られざる名所をひも付けながら、その土地の魅力を紹介。小さな名所を巡る旅が昨今のオーバーツーリズムの問題解決にもつながると指摘する浅見名誉教授に、コラム執筆時のエピソードなどを聞いた。

 □日本の観光は偏りすぎ□


 コラムの話をいただいた時、最初は畑違いの建設業界の新聞に書くことはできないとお断りした。その後も熱心に推挙していただいた上、父親が建築家であり、専門分野の古典文学で方丈記の作者・鴨長明も建築の才ある人物だったことも何かの縁と感じ、引き受けることにした。

 日本の観光地というと京都や奈良、鎌倉など有名どころは数多い。ただ、日本の旅行や観光は偏りすぎているのではとも感じる。東海道新幹線は東京から横浜、名古屋、京都、大阪までを結んでいる。それぞれ観光の要所ではあるが、通過区間にも無数の街がある。途中下車してみると、それぞれの土地には多くの歴史や物語があり、食べ物もおいしく、人情も厚い。一気に移動して切り捨てるのはもったいない。

 昔の東海道は、人々が数週間ほどかけて移動していた。行く先々でおいしい食べ物を味わい、素晴らしい風景を眺める。今や忘れかけ、埋もれかかっている旅の名所を紹介し、多くの人たちとその価値と魅力を共有したい。コラムにはそうした思いを込めている。

 □全国各地に名所あり□


 旅案内はするけれど、単なるガイドブックにはしたくなかった。その土地にある物語のほか、そこで暮らす人々の生活や気風といったものを通して、各地を見て回っていきたいと考えた。ガイドブックにはどんな店があるとか、どこがビューポイントだとかといった情報も必要だろう。けれども普段目が向かないところにも面白い場所はあり、全国どこにでも名所はある。その土地と人、ものに思いを巡らせるきっかけになればと願い、休載を挟みながら55回にわたり書き連ねてきた。

 コラムでは47都道府県を踏破し、モンゴルの旅路での出来事などを含め、有名観光地とは違った旅の味わい方をつづっている。使っている写真もほぼすべて自分で撮影した。観光スポットだけでなく、その周辺をぶらぶら歩いてみるのも面白い。有名な観光ルートから外れたところに、隠れた名所があることも少なくない。

 いまの若い人たちはスマートフォンなどの位置情報を駆使して目的地に迷うことなく、スマートに着くだろう。負け惜しみに聞こえるかもしれないが、地図とコンパスで道すがらに出会う人たちの助言を得ながら、苦労して目的地にたどり着いた時の喜びは格別なものだ。コラムに書こうと思った目的地より、おまけで立ち寄ったところの方が面白く、場所やテーマを差し替えたケースは何度もある。

 大きな街よりも小さな地方の街を回ることが多かったので、各地でチェーン展開するビジネスホテルには随分やっかいになった。チェックインの後、地元の人たちが集まるお店を探し当て、地のものをさかなに酒を飲みながら、常連客たちの話を聞くのがまた面白い。地域からあふれ出る人情のようなものも観光のPR情報ににじませることで、土地の持つ魅力がさらに高まると思う。

 □一極集中から分散型へ□


 コラムの連載当初は、普段と異なる業界の方々が読むことになるから反応が心配だった。近所の知り合いで日刊建設工業新聞を職場で読んでいる方からは、「工事の発注など仕事に関係する記事とは違い、心休まるコーナーで楽しみにしています」と励ましの言葉を掛けられた。今回発刊した書籍を購入していただいた方々からは、「実際に紹介されている地を訪れてみたい」などといった声が聞かれた。

 観光政策に力を入れる日本では昨今、インバウンド(訪日外国人旅行者)が急増し、ものすごい数の観光客が海外から押し寄せている。観光を通じて国が豊かになることはいいことだが、オーバーツーリズムなどの問題が深刻化しつつある。受け入れ側が観光客をさばききれず、どう過ごしてもらえばいいかと頭を悩ませている。

 有名観光地への一極集中ではなく、小さな名所を巡る地方分散型観光の魅力を発信することが、オーバーツーリズムの問題解決の糸口になるのではないか。全国各地の隠れた名所にもっと光を当ててもらいたい。

 (あさみ・かずひこ)1947年生まれ。東京大学文学部卒。成蹊大学名誉教授。NHKラジオ第二放送の古典講読(毎週土曜午後5時~午後5時45分)で4月から始まる「『方丈記』と鴨長明の人生」を担当する。

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