2019年12月5日木曜日

【難局乗り越えたビッグプロジェクト】国際コンペから7年半、国立競技場が曲折経て完成

 当初計画の白紙撤回など、実現が危ぶまれるほどの難局を乗り越え、新しい「国立競技場」(東京都新宿区、渋谷区)が3年の工期を経て11月30日に完成した。

 世界からデザイン案を募る国際コンペの開催決定から約7年半。その間、業界内では設計や施工の発注方法で注文合戦が繰り広げられ、日本全体でデザインや建設コストを巡る激論が巻き起こった。近年まれに見るビッグプロジェクトの完成までの道のりを振り返る。

 「元気がないと言われている日本が世界中の英知を結集してこれだけの競技場を造るというメッセージを発信したい」。2012年7月、国際コンペ開催を前に審査委員長を務めた建築家の安藤忠雄氏はそう期待を語った。最優秀賞は英国の建築家、ザハ・ハディド氏が代表を務める建築設計事務所の提案作品に。完成イメージ図を見た誰もが、橋梁のようなアーチ状の主架構で構成する流線形のデザインに目を奪われた。

 コンペ開催の発表直後から発注方法への要望は相次いだ。日本建設業連合会(日建連)は「デザインビルド(DB)方式」など施工上の技術やノウハウを設計に反映できる発注方式を採用するよう、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)に要望。日本電設工業協会(電設協)や日本空調衛生工事業協会(日空衛)が設備工事の分離発注を求める動きもあった。



 JSCは設計と施工を分離発注する方針を当初から崩さず、13年5月には基本計画に当たる「フレームワーク設計」を日建設計・梓設計・日本設計・アラップ(オーヴ・アラップ・アンド・パートナーズ・ジャパン・リミテッド)JVに委託。実質的な設計作業がスタートした。

 一方、ザハ氏のデザインには異論が噴出した。その先頭に立った建築家の槇文彦氏は、同10月のシンポジウムで「スケールの巨大さに驚愕(きょうがく)した。施設のプログラムやコンペの募集要項に問題がある」と指摘。日本建築士会連合会(士会連合会)など建築設計団体も施設の機能や規模を再検討するよう関係機関に要望し、多くの建築関係者が槇氏の主張に同調した。

 設計作業が進行するにつれ、建設コストの問題も急浮上した。フレームワーク設計段階で約3000億円という試算が明らかになると、基本設計では規模を縮小し1625億円に圧縮。既存競技場の解体工事の入札も難航を極め、不調や落札者との契約取りやめで入札回数は3度に及んだ。

 JSCは本体工事の施工者選定で、あらかじめ施工予定者を決めて実施設計段階から参加させる「アーリー・コントラクター・インボルブメント(ECI)方式」を採用。難易度の高い工事への対応に加え、コスト抑制や工期短縮につながる工法・仕様の検討が進むよう工夫した。14年10月には施工予定者に大成建設(スタンド工区)と竹中工務店(屋根工区)を選定し、実施設計への技術協力業務で最初の契約を結んだ。

 しかし苦難はまたもやってくる。本体着工前に総工費が2520億円に膨らむことが分かると、巨額の建設費への批判が殺到。15年7月に安倍晋三首相が「現在の計画を白紙に戻す」と表明する事態に発展した。

 仕切り直しの設計者、施工者選定は、工期短縮が至上命令となった。DB方式が有力視されていたことに士会連合会ら建築設計団体は懸念を表明。それまで設計を担当した設計事務所JVを再招集した上で、設計施工分離方式を採用するよう訴えた。

 結果的にJSCは同9月、設計・施工を一貫して担う事業者を選ぶ公募型プロポーザル手続きに入る。事業者がまず設計に着手し、交渉を経て施工契約を結ぶ「設計交渉・施工タイプ」を導入した。公募時に工期とコストの上限も設定。工期縮減策の実現性の高さが決め手となり、同12月に大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JVが優先交渉権を勝ち取った。
国立競技場の内部(提供:JSC)
 16年12月の本体着工以降、36カ月の工期内に延べ約150万人の作業員が従事し、ピーク時は1日当たり約2800人に達した。設計段階から施工方法を綿密に検討し、工場生産のプレキャスト(PCa)部材を多用。工区を細分化し、同じ工程を繰り返すことで作業員の習熟度を高めた。

 鉄骨と木材を組み合わせたハイブリッド構造を採用した屋根の取り付けは「最難関」(今泉柔剛JSC理事・新国立競技場設置本部長)とされ、事前に実寸大の部材を使った施工検証も行われた。多くの関係者の熱意と努力で全工程は当初の予定通りに進行した。

 竣工・引き渡しを完了し、JSCの大東和美理事長は「生まれ変わった国立競技場を最大限活用しながら、わが国のスポーツ界のさらなる発展に貢献するとともに、国民に開かれた親しみやすいスタジアムとなるよう誠心誠意努める」とコメントを発表した。

 これからは20年東京五輪・パラリンピック以降の競技場の運営計画に焦点が移る。運営権は民間事業者に売却する方針だが、民営化計画の策定は大会後まで先送りに。球技専用とする従来方針を見直し、陸上トラックを存続させる案も浮上している。国立競技場を巡る動向は、今後も国民と建設関係者の注目を集めることになりそうだ。

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