2020年10月15日木曜日

【本紙2万号特集】日本総合研究所・寺島実郎会長に聞く「時代の変化に敏感な建設業へ」

 製造業と建設業を中心とするものづくり産業が日本経済の主役だった時代は21世紀に終わりを告げる-。この現実をわれわれの眼前に突き付けたのが、新型コロナウイルスの流行だった。日本総合研究所の寺島実郎会長は「新たな産業構造を真剣に構想しなければいけない」と警鐘を鳴らす。「建設業は情報産業」と説き、時代の変化を先取りする感度の高さを要求する。

 □「情報産業」に立ち返る覚悟を□

 製造業と建設業は戦後日本で産業構造の基軸だった。農業セクターからものづくりセクター、地方から大都市圏へストローのように雇用を吸収し「工業生産力モデル」を形成した。鉄鋼やエレクトロニクス、自動車にまつわるプロジェクトを建設業が並走して支えた。ただしピークは1990年前後。バブル崩壊から30年がたち産業構造は変化した。

 2000~19年に製造業と建設業の就業人口は400万人以上減少した=図表1参照。ものづくり産業から広義のサービス業に就業者が移動した構図が浮かび上がる。その間、失業率は改善した。だがサービス産業の給与が建設業に比べ年100万円ほど少ないことを見落としてはいけない。戦後日本の就業人口移動はより豊かな生活を保障した。ところが21世紀は生活の劣化を招いている。



 この状況下で新型コロナのパンデミック(世界的大流行)が襲来した。特に感染リスクにさらされたのは物流や介護・看護、小売りなど生身の人間が現場を支えるリアルな部分のサービス産業だ。最も収入の低い階層の人たちがリスクを取らなければいけない「逆進性」のパラドックスを新型コロナはあぶり出した。

 都道府県別の食料自給率=図表2参照=に着目すると、東京都はわずか1%。それなのにコロナ禍の東京で食料パニックが起きなかったのは、リアルのサービス産業が機能していたからだ。コロナ禍でテレワークなどのデジタル技術が一気に浸透した背景にはリアルな部分の支えがあった。この先の産業構造を構築するには「デジタルとリアルの融合」という新しい視点、構想力が求められてくる。


 □「経済大国日本」という幻想□

 戦後日本の基幹産業にはメルトダウン現象が起きている。世界と日本の企業の株式時価総額=図表3参照=を見比べると、米アップルは2兆ドル(約205兆円)を超えている。日本のものづくり産業のトップを走るトヨタ自動車でさえ、アップルの10分の1。その昔「鉄は国家なり」と言われ、誰もが見上げていた日本製鉄は200分の1にも満たない。

 企業は市場価値を超えた投資はできず、プロジェクトを打てるべくもない。これまで建設業はプロジェクトエンジニアリングで技術を磨き前進してきた。ものづくり国家の基盤が揺らぐ今、肝心のプロジェクトエンジニアリング力が急速になえてきている。

 悩ましいのは「日本はアジアの先頭を走る経済国家」と幻想を抱く財界人がいまだに多いことだ。世界の国内総生産(GDP)シェア=図表4参照=で判断すると、1988年の日本は確かにアジアでそそり立つ経済国家だった。2019年には日本を除くアジア諸国のGDPが日本の4倍を超えた。国内には株価の高さに安心している向きがあるが、世界の感覚とは隔たりがある。最も大切なものづくり産業がマネーゲームのうねりに飲み込まれ埋没している。

 アベノミクスの異次元金融緩和と財政出動は株価を引き上げたが、実体経済を動かさなかった=図表5参照。建設業には額に汗して得られる価値や尊さがある。コロナ禍を契機にものづくりや実体経済を支える人たちの、健全な資本主義に対する危機感と怒りを取り戻さなければいけない。

 □実体経済復活へ新機軸を□

 日本をよみがえらせる方策を、実体経済に重きを置いて構想する。次なる産業の軸として「医療」「防災」「生活」にまつわる産業を育てることを提案したい。戦後日本は松下幸之助が提唱した「PHP」(繁栄によって平和と幸福を)の思想に象徴される。労使対立ではなく、まずは産業力をつけて繁栄を目指す。だがコロナ禍で単純にそうは言い切れないと学んだ。豊かさのための産業構造から、国民の安全・安心と幸福のための産業構造へ切り替えることが肝要だ。

 新型コロナを教訓に、一歩踏み出さないといけない。緊急事態宣言下、日本総研は日本医師会のシンクタンクと共にマスクや防護服、人工呼吸器の供給状況を緊急調査した。例えばマスクは8割を海外生産に頼っている。戦後日本の工業生産力モデル、国際分業論に立った通商国家モデルの危うさがそこにある。

 防災面では避難所の住環境が進歩から取り残されている。日本総研はヘリコプターで移動できるコンテナ型のユニットを提案している。感染症の検査・診療や衛生的な水回りなどをユニットで賄う。日本の防災力向上につながり、世界への輸出産業にも育ち得ると考えている。

 従来の視点より重心を下げ、産業構造を再構築する。新たな発想でプロジェクトエンジニアリングを試みる。建設業は工業生産力モデルの優等生として陶酔しているだけでは成長できない。だからといって過剰に自信を失うこともない。蓄積した技術に加え、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、防災産業や医療産業の実装化に取り組まなければいけない。危機感の深さがプロジェクトの深さを決める。

 □アジアの躍動を成長力に□

 高付加価値型の産業構造へ、知恵を出さなければいけない。例えば大量のツアー客をさばいて観光立国を目指すという議論は新型コロナにとどめを刺された。付加価値の高い産業を創出しなければ雇用条件は改善せず、新型コロナがあぶり出した格差と貧困という課題は乗り越えられない。

 急速に成長するアジアのダイナミズムをいかに吸収し、日本の成長力につなげていくか。キーワードは「対流」だ。東京から放射線状に延びた高速道路網を外縁でリンクさせ、クモの巣状にする。東京を取り巻く環状道路が「日本海物流」を生み、アジアダイナミズムを取り込む契機となる。

 観光の高付加価値化にはインダストリアルツーリズムが重要だと考えている。日本の先端的な試みに関心と敬愛を込めてやってくる人たちを引きつける。そのためには日本がアジアに発信できる魅力的なプロジェクトが必要だ。

 建設業はあらゆる産業にプロジェクトを通じて並走する。産業構造の変化にも並走できなければ建設業の未来はない。そういった意味で最も情報に敏感でなければいけない産業だと言える。

 かつては最も世界に目が開かれていた産業でもあった。今よりもっと貪欲だった。世界情勢への食いつくようなまなざしを記憶している。その後、いったんは戦後日本の工業生産力モデルの成功に酔いしれた。そこで培った基盤を踏み固めながら、次に動く覚悟はあるか。もう一度、建設業は情報産業であるという視点に立ち返るべきではないか。新型コロナが襲った今、その覚悟を決める時にきている。

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