2016年1月18日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・122

退職者の一言が会社改革の原動力になることも…
◇「事務の技術屋」で働き方改革◇

 「必ず報告に来てくださいね」。

 大手建設会社の管理部門で働く坂口良二さん(仮名)は、退職のあいさつに訪れる若手をこう言って送り出してきた。

 「退職は引け目を感じるもの。就職先探し、転職先の人間関係で思い悩んだときに、『報告』の一言を思い出せば相談にくることができる」。2度の転職を経験した自分だからこそ分かる心境があると思っている。

 社内には、退職した人の面倒を見ることに批判的な声もあるが、「辞める時に本音を話す人は、実は少ない。会社から離れたことで本当の退職理由を話してくれる。新たな職場の就業制度も知ることができる。こうした積み重ねで得たものが、より良い会社づくりに生かせると信じている」

 現在は管理部門に在籍するが、九州の国立大学で土木を学び、20年のキャリアを積んだ土木技術者だ。就職難の時代に恩師が頭を下げ、ようやく大阪の小さな建設会社に入れた。地域の安全を守る重要な仕事と分かってはいたが、「回ってくる仕事は県道バイパスの新設や国道の補修ばかり。大きな仕事がしたくて3年で心が折れた」。半年悩み抜いて恩師に退職を報告。「先生を前にしたら、申し訳なさで言葉が出なかった」。無言で涙を流す教え子に恩師は何も聞かなかった。

 転職先探しは困難を極めた。そんな中で手を差し伸べてくれたのも恩師だった。東京の中堅会社に採用され、念願だった長大橋の仕事に携わった。ところが、仕事にやりがいを感じ始めたころ、中堅他社との合併が突然決まった。「同じ会社なのに足の引っ張り合いばかりだった」。外から入っただけに、合併前の会社に悩みを打ち明けられる仲間はおらず、人間関係に疲れ果てた。

 転機は若手技術者が集まる勉強会の参加者に会社の代表として選ばれたことだ。「暗い顔をしていたんでしょうね」。勉強会に招いた大手の社長が、悩みに耳を傾けてくれた。他社の人間にも親身に接してくれる社長に魅力を感じ、入社を懇願した。

 転職は実現したが、配属先は管理部門。与えられたのは職場環境の改善策を検討する仕事だった。新たな職場はアットホームではあったが、長時間労働で低賃金。次々に辞めていく社員の姿を目にして、技術職に未練を残しながらも「俺が変えるしかないんだと腹を決めた」。

 最初に提案したのは初任給と賃金の引き上げだ。会社の財務諸表を読み込み、社長に原資を指摘した。次に人事評価制度の見直し、介護・育児休業制度、働き方を限定した社員制度を提案し、すべてが受け入れられた。勤務地、時間、地域を詳細に限定して働く方法は、辞めた技術者の同僚が漏らした一言をヒントにした。「制度や仕組みができても使えなければ意味がない」。子どもを抱え、退職した元女性社員の言葉からワークシェアの導入も進言した。

 廊下ですれ違った社長に「事務の技術屋だな」と肩をたたかれ、「技術の現場を知る自分にしかできない視点での事務の仕事もあることが分かった」。

 2度の転職で、人は一人で生きているのではないことを知った。「仲間を支えられない会社が、国を支える大事な仕事をできるはずがない。ましてや同じ釜の飯を食った元同僚となれば支えないと」。そんな思いを胸に、きょうも相談行脚に向かう。

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