理解の仕方と、思いの伝え方。似ているようで、実はまったく別の力だ。取材現場に立つと、それを痛いほど思い知る。事実は一つでも、受け止め方は無数にある▼喜びに満ちた声、悔しさを押し殺す沈黙。そのどちらも真実だ。だが記者の役目は、感情の温度に流されることではなく、その熱の意味をすくい上げ、読者に届く形へと整えることにある▼直情は、ときに突破力を生む。間違いを指摘し、正そうとする姿勢は、確かに尊い。怒りは火だが、記事は炉で鍛える。熱だけで記事は立たない。裏を取り、言葉を削り、主語を確かめる。火をともすにも、芯がいる▼理解とは、相手の靴を履いて歩くこと。伝えるとは、自分の足で立ち直し、責任ある言葉に編み直すことだ。感情をぶつけるのは衝動でできる。だが感情を磨き、社会に耐える一文へと昇華させるのは覚悟がいる▼ペンは剣よりも強し、と言う。ならばなおさら、振り回してはならない。事実に寄り添い、思いを整え、静かに、しかし確かに届く言葉を吟味し尽くす。それが記者であるということだ。その先に信頼は宿り、読者はそこを見ている。
from 論説・コラム – 日刊建設工業新聞 https://www.decn.co.jp/?p=182266
via 日刊建設工業新聞


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