『夢のつなげ方 建築から学ぶことIII』
◇現代と過去、未来を結ぶために
安井建築設計事務所の佐野吉彦社長兼最高経営責任者(CEO)が建築と社会の関わりを見つめてつづったエッセー集『夢のつなげ方 建築から学ぶことIII』(発行・日刊建設工業新聞社、発売・東洋出版)を出版した。同社ウェブサイトで続けている連載の中から、建築の専門家に求められるマネジメント力や設計事務所の経営、都市政策、自然災害、震災復興、環境、デジタル改革、コミュニティーなどについて書いた近年のエッセーをはじめ、書き下ろしも交えて全90編を本書にまとめている。佐野氏に次代へつなごうとしているものが何かを聞いた。
--どのような内容の書籍か。
「もともと、感じたことを書き留める習慣はあったので、2005年9月に安井建築設計事務所のウェブサイトで連載『建築から学ぶこと』を始めた。自分に課した知の筋トレのようなもので、その時々のいろいろな出来事に対してどう向き合い、何を考えたのかを週1回のペースで書いている。エッセーのテーマは建築を主軸にしながら、芸術・文化にもはみ出しているが、どこかで建築に結び付くよう構成している。そうしたエッセーをまとめたいと考え、過去2回にわたり書籍としてきた。今回は3冊目の出版となる」
--経営や組織の在り方についても書いている。
「本書は一人の建築家としてだけでなく、組織設計事務所の経営者という視点も一つの軸に据えて全体を構成している点がこれまでと異なる。組織や経営、リーダーについて考えてきたことを本にまとめておくことで、次代を担う人たちの手引にもなるだろう。このためエッセーは時系列で載せておらず、各章のテーマに沿って収載している」
--安井建築設計事務所は4月に創業100年を迎えた。
「第1~4の各章に続いて載せた論考『夢のつなげ方』はこれまでの軌跡をたどっている。創設者・安井武雄、2代目佐野正一の建築に対する思想やそれぞれの組織論なども書いており、私たちが何を大切にしてきたのか、そして何を未来につなげていくかが分かっていただけると思う」
--建築の価値をどう考える。
「本書にもつづっているが、建築計画やデザインが優れたものであっても、それらが直ちに社会的な評価の高い建築となるかどうかは分からない。建築に携わる皆が良い物をつくろうとしている。だが、建築に個性が生まれ文化も育ち、社会に共有されて大事にしていこうという流れが起きないと、その建築は消滅する危機に陥るかもしれない。つまり建築は建築主だけでなく社会と密接な関係にあり、共有されていくべきものだと言える」
「建築の専門家は、ある種の社会的責任と使命を担っている。それを果たすための努力と同時に、建築主や社会との丁寧なコミュニケーションがないと、建築はしっかり根付いていかないだろう。竣工して終わりではなく、それからも温かな交流を続けていくことが求められる。組織設計事務所の特徴は一つに継続性がある。これは建築主の立場から見ても同じだ。この関係がマンネリになってはいけず、互いに成長しながら継続性を保っていくことが大切だ」
--現代はコミュニケーションが希薄とも言われる。
「デジタルも含めたテクノロジーを使えば、いろいろなコミュニケーションの方法を選択できる時代とも言える。例えばAIは課題解決に早くたどりつくのに都合がよく、共同作業を充実させるためにはさらに有効となる。そういった点で建築家は共同作業、デジタルとの共生も長い経験があり、AIを使いながら社会における建築家像、実務や教育システムの在り方などを的確に描くことができる。AIでドローイングを書き、3Dプリンターを動かせば建築ができるとしても、それで直ちに素晴らしい建築ができるわけではない。いろいろな人たちの思いやベクトルを整理しながら、どこかにしっかりと根を張り、責任を持ってソリューションが提案できる。これが建築家の役割だろう」
--リーダーに求められるものとは。
「オーケストラなどの音楽に例えると、指揮者のリーダーシップは欠かせないが、それぞれのプレーヤーが自発的であり、かつ他の人の声や音もしっかりと聞くことができなくてはいけない。組織のリーダーはそういった方向へ導いていく良きコミュニケーターであることがすごく大事だと思う」
--これから建築家を目指す人たちに伝えたいことは。
「建築には多くの物語が伴う。建築を実現するまでの過程で生まれる物語もあれば、使っていく過程で関わり合う人々の物語もある。建築は現代と過去をつなぐだけでなく、未来の世代の心を結び合わせるためにある。建築は次の時代の希望にならなければいけない」。
(さの・よしひこ)1954年神奈川県に生まれ、兵庫県西宮市に育つ。東京理科大学大学院工学研究科建築学専攻修了。主な著書は『見えるもの 見えないもの』(集文社、1999年)、『建築がまちを変える』(共著、日経BP社、2005年)、『建築から学ぶこと』(水声社、2007年)、『つなぐことで、何かが起こる』(建築メディア研究所、2012年)。
from 論説・コラム – 日刊建設工業新聞
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