2020年7月8日水曜日

【回転窓】再び九州で豪雨被害

2013年1~2月に福岡、熊本、大分3県の建設会社を訪ねたことがある。前年7月に発生した九州北部豪雨で応急復旧を行った建設会社の対応を取材して回った▼この時、印象に残った話が二つある。一つは「バックビルディング現象」。いまは線状降水帯と呼ぶようだが、次々と発生する雨雲(積乱雲)が列をなし、同じ場所に大量の雨をもたらす▼被災地では1時間雨量が100ミリを超える地区が多数発生。建設会社の人は「バケツをひっくり返したような雨」と言っていたのが忘れられない▼もう一つは短い期間に2回も豪雨被害を受けた地区があったこと。大分県の日田、中津の両市は2日、12日に豪雨があり、1回目の応急復旧を終えた時にもう一度被害を受けた。「やっと後片付けを終えた住民の落胆は大きく、住民が要望することは何でも受け入れるようにした」と大分県建設業協会中津支部の担当者が語っていた▼先週末、九州南部でまた豪雨災害が発生した。一昨日からの大雨で被害は九州以外にも広がりつつある。線状降水帯が毎年日本の国土に何度も襲い掛かる。治水対策の抜本的な見直しが急がれる。

【BT+コンセッション方式採用、2025年春オープンめざす】愛知県、新県立体育館整備運営でPFI実施方針公表

 愛知県は7日、PFIを導入する「愛知県新体育館整備・運営等事業」の実施方針を公表した。国内初の「BT(建設・移管)+コンセッション(公共施設等運営権)方式」を採用し、8月中旬に総合評価一般競争入札を公告する。

 参加申請を10月に受け付け、11月に個別対話を実施、12月に提案書を提出してもらう。2021年3月に落札者を決定し、同6月に基本契約を結ぶ予定。21~24年度で設計・建設を進め、第20回アジア競技大会が開催される1年前の25年4月オープンを目指す。

 名古屋市中区二の丸にある現体育館の老朽化に伴い北区名城1の名城公園北園内に新体育館を建設する。計画によると、建物規模は4階建て延べ約4万3000平方メートル。メインアリーナ、サブアリーナ、多目的ホールと関連施設を設ける。メインアリーナの収容人数は最大1万5000人。

 民間事業者が設計・建設した後、所有権を県に移管。県は運営権を設定し、25年4月から55年3月までの維持管理・運営を事業者に任せる。アジア競技大会(26年9月18日~10月3日)の競技会場になる期間の取り扱いについては、入札公告時に明示する。事業者は、特定事業のほか任意で物販や飲食などの事業もできる。

 総合評価一般競争入札では、設計・建設費と維持管理・運営費の合計から利用料金収入等を差し引いたサービス購入料が予定価格になる。県は設計・建設費の全額を負担する必要がなく、事業者にとっては設計・建設費の上限がないため自由な提案ができるメリットがある。県はサービス購入料を200億円と試算し、6月補正で債務負担行為を設定した。

 参加できるのは、資金と経営マネジメント体制を備えた単独企業または企業グループ。単独企業とグループ代表企業は県競争入札参加資格者名簿の大分類「製品の製造・販売」「製品の買い受け」「役務の提供等」のいずれかへの登録が必要。設計企業は、県の建設部門入札参加者名簿に登録されている1級建築士事務所。建設企業は、建築工事業の経営事項評価点数1200点以上などが条件。

【現場力発揮し力尽くす】九州豪雨、赤羽一嘉国交相「地域に寄り添い現場力発揮」

 赤羽一嘉国土交通相は7日の記者会見で、九州地方を襲った記録的な大雨被害への応急復旧で「地域に寄り添いながら国交省の現場力を最大限に発揮し、現場第一の姿勢で災害対応に全力を尽くす」との考えを明らかにした。

 関係者と連携し河川の氾濫で流出した道路橋や鉄道橋の早期復旧を目指す。避難の長期化に備え、ホテルや旅館で220人前後の受け入れ容量を確保した。引き続き宿泊団体などとの調整を続ける方針だ。

 国交省は同日午前時点で緊急災害対策派遣隊(テックフォース)236人を現地に派遣。被災自治体が取り組む応急復旧を支援している。熊本県管理の球磨川沿いにある国道219号の沿線地域では、14の道路橋が流出するなど甚大な被害が発生。赤羽国交相は「国も参画し早期復旧に取り組む予定だ」と説明した。国交省が被害状況の把握などを支援する。鉄道橋の流出被害も確認されたため、鉄道事業者と連携して対応に当たる。

 7日10時30分から、筑後川上流の熊本県小国町にある国管理の下筌ダムで貯水量を上回ったため、流入量と放流量を同程度とする異常洪水時防災操作(緊急放流)を実施。「下流に国管理の松原ダムの貯水池があるため、下流地域の流量が直ちに増大することはない」と説明した。

【相次ぐ豪雨災害】国交省、復旧工事の早期執行へ取り組み推進

 国土交通省は九州を中心とした豪雨で災害復旧事業の早期執行と円滑実施に全力を注ぐ。

 昨年6月施行の改正公共工事品質確保促進法(公共工事品確法)を踏まえ、緊急性の高い直轄工事などには随意契約、指名競争入札を適用。最適な契約相手を選定。積極的に見積もりを活用して施工地域の実態に即した適正な予定価格を設定し不調・不落を防ぐ。契約済みの工事・業務を一時中止しても災害復旧対策を優先する。

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【新入社員が“ほっこり映える”仮囲いづくり】熊谷組、建築現場の仮囲いに模型の水族館

 熊谷組が仙台市泉区で施工している「(仮称)仙台徳洲会病院移転新築工事」(発注者・医療法人徳洲会)の現場が地元の新名所になりつつある。

 現場に配属された新入社員2人が敷地角にある仮囲いのスペースに水族館の模型を作った。近隣の小学校に登校する児童は大喜びという。今後も「ほっこり映える」をテーマに、季節に合った創作物を展示する予定だ。

 仮囲いの活用を企画したのは熊谷組東北支店の青柳謙太郎作業所長。新型コロナウイルスの影響で平年と同じように新人研修を行うのは困難だった。そこで現場に配属された新入社員の赤羽佑斗さんと井上涼花さんに有効活用を指示。材料は100円ショップでそろえることを条件にした。

 赤羽さんと井上さんは企画立案を含め1カ月程度で水族館を製作。釣り糸でつるされた魚の模型が揺れる姿は本物の水族館のように見え、小学生や子ども連れの親子から大人気という。

 「他の新人に比べ良い研修の機会を与えてもらえた」と赤羽さん。井上さんは「初めて任された仕事で責任やプレッシャーがあった」と話していた。

2020年7月6日月曜日

【呉服橋・江戸橋出入り口撤去工事発注】首都高日本橋地下化、プロジェクトが始動

 首都高速道路会社は、首都高速都心環状線の日本橋区間(東京都中央区、千代田区)を地下化する大規模工事の発注手続きを開始した。

 日本橋川の上にある高架道路の一部を地下化するとともに老朽化した構造物を更新する。周辺一帯の景観と環境を改善する大型事業が進むことになる。同社は3日に「(改)都心環状線(日本橋区間)呉服橋・江戸橋出入口撤去工事」の一般競争入札を公告した。

 日本橋川上空の道路は都心の渋滞解消を目的に、1964年の東京五輪前に建設された。地下化を巡っては4月に都の事業認可を取得しており、今秋には準備工事などが開始されることになっている。

 地下化の事業区間は神田橋JCT~江戸橋JCT間(千代田区内神田2丁目~中央区日本橋小網町)の約1・8キロ。約1・1キロがトンネル。約0・4キロは高架、約0・3キロが擁壁構造となる。トンネルはシールドマシンで掘削する。常盤橋と呉服橋、江戸橋の出入り口3カ所は廃止し常盤橋換気所を改築する。工事は3段階で進め、地下ルートは2035年の開通、既存高架橋の撤去は40年の完了を予定している。

【凜】日本工営コンサルティング事業統括本部・前田夢さん

◇地域に寄り添った提案を◇

 街づくりの方向性を示す都市計画やマスタープランの策定に欠かせないデータの収集・分析業務を担当する。街の魅力を高めるため交通インフラや都市機能をどう配置するか。それが「技術者の腕の見せどころ」と語る。先輩社員に早く追いつき、自分が考案したプランで「地域の人々を笑顔にするのが将来の目標」と目を輝かせる。

 地元福岡の大学で土木工学を学んだ。入学前は建築設計やデザインに興味を持っていた。都市計画を学んでいる時に「土木の世界にのめり込んだ」と振り返る。日本各地の街を知りたいと感じ、建設コンサルタントへの就職を希望。インターンシップ(就業体験)で訪れた日本工営のアットホームな雰囲気と、「社員一人一人の意識の高さ」に魅了され入社を決めた。

 顧客は公共機関が多く、国の国土強靱化計画や地方自治体から依頼のあった都市計画の立案など、業務内容は多岐にわたる。自治体を支援する立場として住民説明会にも立ち会う。計画内容が思うように伝わらず、自治体職員と住民が口論する場面にも遭遇した。職員に代わり丹念に説明する上司の姿を見て「自分もああなりたい」と誓った。

 地域に寄り添った提案をするには「エンドユーザーである市民との対話が欠かせない」。多様化する発注者ニーズに応えるため日々の努力を怠らない。

 (交通運輸事業本部交通政策事業部交通都市部、まえだ・ゆめ)

【中堅世代】それぞれの建設業・259

人を育てる上で「背中を見て学べ」は通用しなくなっている

 ◇人を育てるには時間がかかる◇

 大竹智さん(仮名)は建設会社の3代目。40代で父親の跡を継いだ。先代の苦労を近くで見ていたこともあり、親から社長就任を打診された時は「二つ返事はできなかった」。

 電機メーカーを28歳で辞め親の会社に入った。現場で職人の手元として働くところからスタート。跡取りだろうが職人には関係ない。昔かたぎの職人からひよっこ扱いされ、最初は現場に行くと「おーい坊や」とからかわれた。名前で呼ばれない悔しさより、自分が何もできない未熟さに腹が立った。「いつか同じ力を付けてやる」。そんな負けん気が大竹さんを支えた原動力だった。

 建設業の仕事はものづくり。一つ一つのステップを大事に積み上げていく。理屈ではなく、体で覚えないといけないこともある。「一人前と周囲から認められるには最低でも3~5年はかかる」。

 今問題なのは、その間に若い人が別の仕事に移ってしまうことだ。やりがいや達成感を得られないまま建設業の仕事を離れていく。「他人の職場はよく見えるもの。じっくりと腰を据えて仕事と向き合うことが必要」と言いながら、やりきれない思いが胸中に残る。

 大竹さんの会社では若手の育成に時間を掛ける。仕事内容や年次、テーマに応じた研修制度を用意し、意欲的に学び、成長できる環境を整えている。「入社何年でこの資格を取り、こういった仕事をし、このくらいの給料になる」。ステップアップを丁寧に説明するようにしている。

 当たり前のことかもしれないが、そうした説明をきちんとしないと若い人は付いて来ない。大竹さんが社長になるまではこうした取り組みをしてこなかった。「職人気質にこだわりすぎた過ち」と断言する。

 「素人に言っても分からないだろうというのは職人の考え方。背中を見て学べでは分からない」。苦労は自分の代までにしたいとの思いから人材育成の改革に乗り出した。若手の定着率はここ数年でぐんと高まった。一方で先代から引き継いだ現場代理人や技術者が残っている。「年功序列の部分もある。高給取りばかりになって困る」と笑顔を見せる。

 社長になってから10年。その間、胃が痛むような場面に遭遇し、金銭問題に発展したこともあった。父親から教わったのは「石橋をたたいても渡らない」。最初に聞いた時は何を言っているか分からなかった。最近になってようやく真意が理解できるようになった。「もう一度確認してから判断しろということ。自信が持てなかったらやめろということだろう」と。

 建設業でも事業継承が課題となっている。後継者不足から廃業を決断するケースも少なくない。「建設業は世襲制が多い。経営者は自分の息子だから譲るのではなく、他人様であっても能力がある人は登用すべきだ」。

 大竹さんには大学へ通う息子がいる。自分は宿命とあきらめの気持ちを抱きながら、家業を継ぐため業界に飛び込んだ。息子には自分の道は自分で切り開いてほしい。そう思っている。

【やっぱり!マイ・ユニホーム!!】復建技術コンサルタント「創立70周年でリニューアル」

 創立70周年を迎えた2017年にユニホームをリニューアルした。若手や女性を中心に社員の意見や要望を反映させた結果、白いジャケットが印象的なすっきりとしたシルエットに仕上がった。

 汚れが目立ちにくく、屋外作業で刺されることもあるハチの対策など機能面にも考慮した。リニューアルに携わった総務人事部情報管理課の滝上忠彦課長は「若い人が会社を選ぶ際のプラスポイントになれば」と刷新したユニホームに期待する。

 リニューアルに当たっては配色を工夫した。山などに分け入って調査や測量をすることもあり、ハチなどが寄ってこないようジャケットは白っぽい色を、ズボンにはぬれても目立ちにくい紺色を採用。夏服、冬服ともアクセントになるよう襟部分に黒を配色した。胸に入る社名は、会社のイメージカラーの空色で刺しゅうをした。

 調査防災部技術二課の鈴木裕貴さんは「着用と洗濯を繰り返すうちに柔らかくなる素材で現場でも動きやすくなった」と着心地の良さを実感。「以前の作業着に比べて夏用の生地の透けがなくなった。女性用のサイズが増えみんなが快適に着用できている」とも話す。

【駆け出しのころ】三井住友建設取締役常務執行役員土木本部長・柴田敏雄氏

 ◇経験に基づく感覚が大切◇

 ゼネコンに就職しようと考えるきっかけは、青函トンネル建設を描いた映画「海峡」を見て、土木の現場はやりがいがありそうだと感じました。各社採用を控えていた厳しい時代でしたが、学校推薦で縁あって三井建設(現三井住友建設)に入社しました。

 最初は地元の名古屋支店(現中部支店)に配属され、トンネルや造成、河川関係の工事を回りました。いきなり貫通間近のトンネル現場に赴任し、貫通式では一升瓶を背中に突っ込まれたことを覚えています。

 次の大規模造成の現場には、着工時から工事があらかた終わるまでの1年半ほど勤務。土の動かし方や型枠、鉄筋の組み方など、基礎的なことを学びました。

 宿舎に泊まり込みで働き、山奥で明けても暮れても測量の毎日。荷物を担いで測量杭をハンマーで打ち込む力作業が続いた時には、大学を出てやる仕事かなと頭によぎることもありました。たまの休みには街に出掛けたり、学生時代から続けているサッカーの練習に励んだりして気分転換していました。

 技術者をさまざまな部署にローテーションしながら育成する会社の方針を受け、入社5年目に本社の土木設計部に異動。結局、二十数年も設計畑を歩くことになります。主に電力・エネルギー関係の構造物の設計に携わりました。

 コスト面も含めて現場にマッチした設計を行うには、現場経験が生かされます。最初は深く考えずに担当した設計の仕事でしたが、次第にはまっていきました。

 思い出深い仕事はガス会社から受注した液化天然ガス(LNG)の地下タンク。要求レベルが高く、上司や先輩含めて7、8人で2年ほどかけて取り組みました。発注者との打ち合わせは、朝から晩まで一日かかることもあり、残業も多かったです。激務から上司たちが体調を崩して業務から離れ、成果品を持ち込む前に残ったのは私と新人の2人だけ。寝る間も惜しんで作業し、最後は若さで乗り切りました。

 設計者として駆け出しのころは、コンピューターが出した答えが合っているかがよく分かりません。上司から「複雑なものはまず簡略化しなさい」と教えられました。簡略化したら簡単な公式などに当てはめ、大まかに間違いがないかをチェックする。何でも問題が複雑に絡み合っているものをいかに単純にできるか。訓練を積み重ね、そうしたスキルを感覚的に身に付けることが技術者に必要なことだと思います。

 「違和感」も技術者に必要な感覚の一つ。何かを見たり、聞いたりした時に納得できず、違和感を覚えた時はどこかにリスクがあると考えます。納得いかなければ基本である現場をよく見る。自分の経験値からくる直感的なものを最後は大切にしてほしいです。

30代前半、社内のサッカーチームの試合で
(しばた・としお)1985年名古屋大学工学部土木工学科卒、三井建設入社。執行役員土木本部土木技術部長、同東京土木支店長などを経て2020年から現職。愛知県出身、57歳。

2020年7月3日金曜日

【超高層ビルの足下に全天候型広場】新宿住友ビルに大規模ガラス屋根の広場完成

 住友不動産が整備していた全天候型巨大イベント空間「新宿住友ビル・三角広場」(東京都新宿区)が完成し、1日から一般開放した。設計・監理は日建設計と大成建設、施工は大成建設が担当した。

 三角広場の所在地は東京都新宿区西新宿2の6の1。1974年に竣工した超高層ビル「新宿住友ビル」の大規模改修に合わせて整備した。

 建物低層部に公開空地を覆うガラス屋根を架け、新たなイベント空間を創出する国内初のプロジェクト。広場の総面積は約3250平方メートル。約2600平方メートルのイベントスペース1、約350平方メートルの同2、約300平方メートルの同3で構成する。最大収容人数は約2000人。冷暖房や564インチの4K大型ビジョンなどを備え、多様なイベントに対応する。
完成した広場の外観写真(住友不動産報道発表資料より)
地下1階と地上1階部分には、飲食や物販店舗など全26店舗で構成する「ショップ&レストラン」を導入した。地下2階の「新宿住友ホール」はリニューアルオープン。従来の約3倍となる1126平方メートルの規模に生まれ変わり、国際会議などにも対応可能な設備を備える。

 住友不動産ビル事業本部の宮川享之新宿事業所長は「幅員の広い道路や広大な屋内空地を有効活用することで、ビルを建て替えることなくにぎわいを取り戻す第一歩になる」と話した。

 日建設計設計部門の芦田智之グループマネージャーは「設計コンセプトはリ・イノベーション。関係者が建物を長く使い続けるために考えてくださることが大切だと思った」とプロジェクトを振り返った。

【回転窓】銭湯の存在意義

東京都小金井市の江戸東京たてもの園で大銭湯展が開催されている。園内には東京都足立区から移築された「子宝湯」が常設展示中。社寺建築をほうふつとさせる外観で「東京型銭湯」の代表格とも評される▼新型コロナウイルスの影響で、多くの産業が大きな打撃を受けた。公衆浴場もその一つ。緊急事態宣言発令時も営業を続けたが、利用者は激減したという▼各銭湯では、ロッカーなどの定期的な消毒や空間除菌など感染予防対策に工夫を凝らす。利用者にも、体調不良時に来場しないことや長時間の滞在を避けるなど協力を要請し、慎重さを持って営業中だ▼公衆浴場法では、地域住民の日常生活で必要なものと規定している。東京都浴場組合が発行するフリーペーパーで、銭湯経営者が「公衆衛生を守るという銭湯の原点に返った感じ」とコメントしていた▼感染リスクには十分注意すべきだが、銭湯は、誰もが入浴できる機会を確保することで、清潔さの確保や免疫力向上に貢献してきた。世代を超えた交流の場としての役割もあるだろう。これから暑さが増すシーズン。湯船で汗を流し身も心もリフレッシュといきたい。

【みずポケモンも応援】国交省が「水の日」啓発ポスター作りました

 国土交通省は毎年8月1日の「水の日」を機に水の大切さを理解してもらうため、世界中で人気のゲーム・アニメ「ポケットモンスター」のキャラクター「シャワーズ」が登場するポスターを制作した。シャワーズの力も借りて水の魅力や大切さを広く発信していく。

 国交省は水の日や「水の週間」(8月1~7日)に合わせ、地方自治体や関係団体の協力を得ながら、例年普及啓発活動を全国で実施している。

 本年度は新型コロナウイルスの流行を踏まえ、水の日に開催している作文コンクールの表彰式など中央行事を秋以降に延期する。自治体や関係団体が全国各地で展開するイベントは国交省のホームページで確認できる。

【生まれ変わる宮下公園】レイヤードミヤシタパーク(東京都渋谷区)、商業施設は28日から順次開業

 三井不動産は、東京・渋谷区と連携して取り組む「新宮下公園等整備事業」で開発した商業施設を28日から順次開業する。

 施設名称は「RAYARD MIYASHITA PARK(レイヤードミヤシタパーク)」に決まった。公園整備事業と一体で展開する商業施設ブランド「RAYARD(レイヤード)」の初弾案件となる。

 同事業では道路を挟んで分かれていた北、南の2街区を一体化し、商業施設とホテルが入る公園「MIYASHITA PARK」を形成する。レイヤードミヤシタパークは延べ約2・4万平方メートルの規模となる。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、物販やサービス店舗を28日、飲食店などを8月4日に分けて開業させる。

 事業で設けたホテルで、ホテルブランド「sequence(シークエンス)」の初弾案件「sequence MIYASHITA PARK」は、8月1日に開業する予定。商業、ホテルともにプロジェクトアーキテクトを日建設計、設計・施工を竹中工務店が担当した。

 レイヤードシリーズでは、公園と商業施設を一体的に運営することで、新しい価値と体験の提供を目指す。名古屋市中区の久屋大通公園で、Park-PFI制度を活用し設ける商業施設にも採用。「RAYARD Hisaya-odori Park(レイヤードヒサヤオオドオリパーク)」として、9月18日に開業予定だ。

【トヨタグループの東和不が計画】お台場パレットタウン(東京都江東区)を再開発、アリーナ建設へ

 トヨタグループの東和不動産(名古屋市中村区、鵜飼正男社長)が、東京都江東区の複合施設「お台場パレットタウン」の再開発に乗りだす。

 スポーツ観戦などができる多目的アリーナを建設する。計画実現に向け、都ら関係者との協議に入っている。設計、施工者は未定。2022年4月ころに着工し、25年6月ころの竣工、同秋ころの開業を目指す。

 同社が3月に公表した計画概要によると、アリーナの規模は延べ約3・7万平方メートル。スポーツや各種イベントなど1万~1万3000人収容する。アリーナの建設にとどまらない、周辺地域のにぎわいの創出に取り組むとしている。

 トヨタ自動車が所有する敷地を東和不が借りて建設する見通し。敷地創出のため既存施設を解体する見込みだが、対象施設は未定。敷地面積は約2・7ヘクタールの広さとなる。お台場パレットタウンの所在地は青海1の3の15。トヨタ自動車と森ビルが土地を所有する。

 商業施設「ヴィーナスフォート」、トヨタ自動車のテーマパーク「MEGA WEB」が入る。ライブホール「Zepp Tokyo」、森ビルが手掛ける「MORI Building DIGITAL ART MUSIUM:EPSON teamLab Borderless」も含まれる。

2020年6月30日火曜日

【若者研究・人材確保への対応】ブロガー兼ライター・トイアンナさんに聞く「デジタル世代の就活は?」

 担い手確保は多くの企業にとって重要な経営課題の一つ。これまで業界間、企業間で激しい人材獲得競争が繰り広げられてきた。建設関係各社も採用活動に知恵を絞っているが、苦戦も目立つ。

 次代を担う若者や女性にうまくアプローチするには、彼らが置かれた現状への理解が欠かせないだろう。就職活動時期を迎えた学生向けの著書などがあるブロガー兼ライターのトイアンナさんに就活戦線の動向を聞き、建設業界が取るべき今後の採用戦略を探った。

 □学生が求めるのはー企業の成長?ワークライフ・バランス?□


 バブル期並みの売り手市場がここ5年ほど続いた。就活市場が学生優位となったことで、若手と中堅以上の世代間に文化差が生まれている。最も大きな変化はハラスメントの定義がかなり広がったことだ。ベテラン社員が飲み会の場で、男性社員に恋人の有無を尋ねる光景は一昔前ならよく見られた。だが現代ではセクシュアルハラスメントと取られかねない。ハラスメントには訴訟のリスクもある。知らなかったでは済まされなくなっている。

 新入社員との接し方に苦労しているベテラン社員も多いのではないだろうか。男女の役割を設けないジェンダーレスの会話に慣れておらず、若手との相互理解が進んでいない印象を受ける。まずは慣れることから始めるべきだ。

 □こちらから歩み寄り、ギャップ乗り越える□ 


 例えば飲み会の席で若手に声を掛けてみる。「若い世代はどんな話題で盛り上がっているの?」などでいい。まずは分からないことを素直に聞いてみる。年上の方から年下に歩み寄り教わることも大切だ。その勇気があればジェンダーギャップを乗り越えた付き合い方ができるだろう。

 そうした歩み寄りは就活生から見た建設業界のイメージを知る上でも役に立つ。人事担当者などは異業種を志望する学生にこそ、建設業界の評判を聞いてみてほしい。自分の志望する業界だと遠慮して話しにくいものだが、違う業界を志す学生ならば忌憚(きたん)ない意見を言ってくれるだろう。

 □学生の記憶に残る個性ある採用活動を□


 現在の就活生は企業に対して「(企業と個人の)成長」と「ワーク・ライフ・バランス(WLB=仕事と家庭の調和)」という一見矛盾した二つのことを求めている。以前まで成長をうたってきた日本型大企業の多くが、働き方改革の影響でWLBを打ち出すようになった。就活生も二つの条件を満たすのが当然という意識を持っている。

 一方、採用活動には就活生の「記憶に残る」ことが大切という面もある。多くの企業は成長とWLBを両方訴える無個性な採用活動を行いがちだが、それとは逆に、どちらかに振り切った採用方針を立ててみてはどうか。他の会社に埋もれずに会社の個性を強く打ち出せるだろう。

 □建設業は「一生もの」、もっとアピールして□


 ある外資系企業は「退職後に活躍する人材になれる」ことを採用時のアピールポイントにしていた。実際は福利厚生も充実しており、そうした点もアピールできたはずだが、あえてポイントを絞ることでモチベーションの高い学生を集めた。

 建設業界には良くも悪くも、WLBより成長に重きを置いている企業が多いと感じる。そうした業界のイメージを逆手に取り、WLBを強調する手もある。業界内の他社との差別化につながり、これまで建設業を志望しなかった層を取り込めるかもしれない。そして意外と知られていないのは、技術者は「一生食べていける」ということ。建設業は一生ものの仕事だともっとアピールしていいはずだ。




 《トイアンナさんプロフィル》1987年生まれ。慶応大学卒業後、外資系企業でマーケティングに携わる。2015年にブロガー兼ライターとして独立。就活やキャリア、恋愛など幅広く情報を発信する。18年に出版した『就職活動が面白いほどうまくいく 確実内定』は発行部数2万部を突破した。

【回転窓】秘密も今は昔

自らの身分を隠し、秘密裏に敵や競争相手の機密情報を入手する。映画でおなじみのスパイもどうやら人材難にあえいでいるようだ▼時事通信によると、米中央情報局(CIA)が人材獲得の幅を広げるため、動画配信サイトで求人広告を公開したそうだ。映画さながらの映像が流れた後、「CIAでキャリアをスタートさせれば、国のために想像以上のことができる」と呼び掛ける▼スパイは正体を明かさず、隠密行動のはずなのに…。こうした考え方は世界的にヒットしたあの映画やこの映画に影響されすぎているのか。勧誘といった従来の方法だけに頼っていても優秀な人材は確保できないのだろう▼企業や行政機関にとって、組織の将来を担う人材をどう確保するかは最重要課題の一つ。旧来型の方法にこだわっていても良い成果が得られない。結果的にそうなってしまったのかもしれないが、採用面接にテレビ会議システムを使うことが急速に広まったのは好例ともいえる▼気になるCIAの求人広告。さすがに「何が起こっても当局は一切関知しない」という注意事項はないだろうが、給与や待遇は教えてもらえるのか。

【累計出荷台数5000万台突破!】TOTOのウォシュレット、発売40周年に

 TOTOの温水洗浄便座「ウォシュレット」が6月に発売40周年を迎えた。累計出荷台数が2019年に5000万台を突破。国内はもちろん海外でも温水洗浄便座が利用できる環境は広がりつつある。今後は海外での販売活動を強化し、2018年度に58万台だった海外販売を22年度に200万台まで拡大する(写真は1980年発売の初代ウォシュレット)。

 内閣府の調査によると、ウォシュレットを含む国内の温水洗浄便座の一般世帯普及率は3月時点で80・2%に達している。公共施設やオフィスでも一般的になりつつある。

 TOTOは海外での普及を目指し、五つ星ホテルなど高級物件をターゲットに提案を強化している。英国ではロンドン警視庁の初代本部庁舎を改装した「グレート・スコットランド・ヤードホテル」の全室に導入。米国はハワイやサンフランシスコのラグジュアリーホテルに採用された。

 最近ではトイレの使用前に便器の内側に水を拭きかけ、汚れを付きにくくする機能や、使用前後にウォシュレットのノズルを自動で洗浄する機能を付加するなど、衛生面を向上させている。

 同社は今後の展開について「ウォシュレットをより進化させ、快適で清潔なトイレ文化を国内外に広める」としている。

【記者手帖】本来なら…

6月の札幌は気温が上昇して晴れの日も多くなり、とても過ごしやすい。よさこいソーラン祭りや北海道神宮例大祭などが催され、観光には最適のシーズンだ◆本来なら大通公園や札幌駅周辺は観光客でにぎわっている。だが今年は新型コロナウイルスの影響でイベントは軒並み中止。外国人旅行客の姿を見ることはほとんどない◆例年は雪解けが進む3月下旬から、天気の良い日は大通公園沿いにある会社まで、自宅から50分ほどかけて自転車通勤している。今年は当初予定していた東京五輪のマラソン・競歩のため雪解け直後から舗装工事が続いていた。残念ながら五輪は延期になったが、6月中旬には工事が完了しきれいな舗装道路になった。昨年11月に札幌開催が決まった時には、舗装工事ができないため準備不足が不安視された。けれども仮に予定通り開催されていても、工事はしっかり間に合っていただろう◆「本来なら、短期間で見事に工事を完了させた道内建設業の底力をきっちりアピールできていたのに…」。残念な気持ちは確かにある。打ち替えられた舗装の快適さを多くの札幌市民が感じているはずだ。(ほ)

【よみがえる聖地、トキワ荘再び】豊島区立トキワ荘マンガミュージアム、7月7日に開館

 手塚治虫さんや石ノ森章太郎さんら昭和を代表する漫画家が若手時代に住んでいたアパート「トキワ荘」を再現した東京・豊島区の「区立トキワ荘マンガミュージアム」が7月7日にオープンする。

 老朽化で取り壊されたトキワ荘の跡地近くに建設されたミュージアムは、内装や外観を忠実に復元。手塚さんらトキワ荘に住んでいた漫画家の作品が読めるほか、再現した部屋や炊事場などが見学できる。

 開館時間は午前10時~午後6時(入館無料)。月曜日は休館。新型コロナウイルスの感染防止のため当面は予約入館になる。


マンガラウンジでは数多くの作品が読める

完成したミュージアムの外観
ミュージアムの内部

【プチ芸能人と割り切って上手に伸ばそう】若者研究家・原田曜平氏に聞く「若者研究のススメ」

 ◇下から目線と未来志向がキーワード◇

 イマドキの若者の気持ちはよく分からない-。世代を超えて言い続けられているフレーズだ。社会の変化のスピードが増している中で、そうした思いをより強くしている人も多いだろう。ITツールの浸透などが、これまでとは異なる変化を若者に与えている要素もある。社会に出てきた若者世代とどう付き合っていくべきなのか。若者研究家でマーケティングアナリストの原田曜平氏にアドバイスしてもらった。

 □「Z世代」は新種の生き物□


 大卒者で社会人2年目くらいの22、23歳から下の世代は「ジェネレーションZ(Z世代)」や「脱ゆとり世代」と呼ばれている。Z世代は初めて手にした携帯電話がスマートフォンで、高校1年生のころにはツイッターやインスタグラムなど複数のSNS(インターネット交流サイト)を使いこなしていた。「SNS・スマホネーティブ」とも言えよう。

 携帯電話が広まる前は、職場や以前からの友人が交流の中心だったため、こうした人間関係を何とかうまくやっていこうと周りに合わせていた。私も含めて昭和型の人は「一緒に飲んで話をすれば分かる」というところがあった。だがZ世代は違う。「社会とはこういうものだ」と話をしても、スマホですぐに検索すれば、違う回答や選択肢が出てくる。スマホやSNSでガス抜きができてしまうため、むやみに愛社精神を持ったり徒弟社会を受け入れたりする必要がない。Z世代は新種の生き物と考えた方が良い。

 Z世代を考える上でのキーワードは「チル(まったり)&ミー(自分)」だ。成熟社会に生まれてきたため、もともとの生活ベースが豊かで衣食住は足りている。まったりしていても生活できた。少子化の環境でかわいがられて育ってきて、SNSで発信すれば「いいね!」とほめられるため、自意識や権利意識が非常に強いことも特徴だ。写真投稿に慣れていて美的感覚に優れているのは強みだが、言葉を選ばずに言えば「プチ芸能人気取り」の側面がある。

 労働人口が減少傾向にある中で、新型コロナウイルスの影響が出る前は有効求人倍率が非常に高く、「ダイヤモンドの卵」とまで言われていた。就職や転職への不安や恐怖感が減っていて、嫌なことがあればすぐに辞めてしまうような行動にもつながっていた。新型コロナの影響に伴う景気悪化で若者の意識が少し保守的になるかもしれないが、長期的に見て恵まれている状況に変わりはない。

 □受け止め方側の認識を大切に□


 上からではなく若者の目線でアドバイスすることが重要。「この人と一緒にいれば得をする」と思われれば、若者は付いてくる。「横から目線」もっと言えば「下から目線」で接するべきだ。今までとは違ったコミュニケーション能力が必要になるため、管理職のレベルを上げなければいけない。

 動機付けも非常に大切な要素となる。バブル崩壊以降の低成長時代を生きてきたため、「上昇志向を持ったところで報われないし、見返りも少ない」というような感覚を持っている。何らかのインセンティブを見せる必要がある。若者の自意識をくすぐりながら気持ち良くさせ、成長を後押しするようなしたたかさが必要だ。

 Z世代は昔の世代のように給料に対してガツガツはしていない。だがSNSがあるので、周りより低ければそれが可視化され不満につながる。処遇が少しずつ上がっていく感覚をしっかりと与えるべきだ。

 実際の可処分所得だけではなく、感覚的な面での満足度も大切となる。自己承認欲求が強いので、誕生日を祝ったり、順番に表彰したりするだけでも非常に喜ぶ。例えば女性社員に美容手当を支給しているあるIT企業は、大手一流企業に比べて処遇は見劣りする。だが若者からの人気は非常に高い。給料がそれほど高くなくても、別の面で満たされていれば「体感給与」(給与の受け止め方)は上がるのだ。

 十分な休日の確保やワーク・ライフ・バランス(仕事と家庭の調和)は必須条件だ。ただ単に休みを増やすのではなく、ボランティア休暇など若者の意向に沿った休みを増やした方が良いだろう。忘れてはいけないのは、Z世代にとって“プライベートを上回る仕事は存在しない”ということ。スマホでゲームをしたり動画サイトを見たりしていた方が絶対に楽しい。どれほど楽しい仕事であっても、プライベートを超えるほど好きにならないと諦めた方が良い。

 □権限移譲し任せてみよう□


 就活生に企業ホームページの感想を聞いたところ、いかにも昭和世代という経営者の熱いメッセージは大不評だった。会社への帰属意識が低下し、転職も当たり前になっているため、「数年間は気持ち良さそうだ」と何となく思わせることが重要になる。今の若者は著名なタレントよりも、近しい人に憧れる傾向がある。ほどほどに感じが良い若手社員が前面に出ていて、快適に過ごしている姿を見せる方が良いイメージを持ってもらえる。

 技術の話をしても、自分の文脈で物事を考えるZ世代にはあまり響かない。Z世代は自分が第一。困難に立ち向かって切り抜けていくような姿を示すことは、マイナスではないが順位としては2番目になっている。ただしっかりとした企業哲学を持っていることは、親世代に対してはポイントが高い。親子をセットに考えてアピールすることも大事だろう。

 若者研究を20年続けているが、この10年くらいはジェネレーションギャップを強く感じている。正直に言えば、若者の考えていることがよく分からない。だからこそ、私が主宰する若者研究所では、若者たち自身にアイデアや答えを考えてもらい形にしている。若者も時間がたてば社会の中枢で活躍する。若者研究とは未来研究であり、それは広い意味で企業が未来の社会に適合していくことにつながる。

 建設業界で働く若者にインタビューをすると、多くが「縦社会がきつい」「上から染めようとしている」といった不満を口にする。彼ら、彼女らが快適に思う会社や制度にしていくべきだ。若手だけのプロジェクトチームに権限を移譲する。若者にとって持続可能なモデルを考えてもらい、その方向に会社を修正していく。建設会社もそうした方法をとってみてはどうか。それは企業が長く続くための未来目線を作ることでもある。

 □今が変革のチャンス□


 若者はずっとスマホを手にしており、テレビ世代よりもはるかに多くの時間を広告と接している。そうした状況を踏まえつつ、広告・広報戦略を練って若者にPRしてほしい。厳しい言い方だが、若者にとって建設分野は無関心業界に近い。もっとプロモーションに力を入れるべきだ。

 新型コロナの影響が広がっているが、スマホネーティブの若者世代は遠隔でのやりとりにもともと慣れている。むしろ中高年の方が価値観は変わったはずだ。新型コロナによる変化をきっかけの一つにして、建設業界のイメージを変えていってほしい。今こそチャンスの時期だ。

 (はらだ・ようへい)マーケティングアナリスト、渡辺プロダクション所属。慶応大学商学部卒業後、博報堂に入社し博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーなどを歴任。「さとり世代」や「マイルドヤンキー」など流行語の名づけ親として知られる。若者と共に広告・プロモーション開発を行う原田曜平若者研究所も主宰する。TBS「ひるおび」などにレギュラー出演中。

2020年6月29日月曜日

【回転窓】足元の信頼関係

近所にある職人向けのプロショップが棚卸し作業を行っていた。休業で閉鎖された駐車場の前に止まった自動車が残念そうに引き返していった▼高価な電動工具からボルトまで在庫を数えてみると当然ながら人気のある商品や売れ筋がよく分かると、取材で知り合った店長が教えてくれた。ファン付き作業服とセットで速乾性のある長袖下着が売れている。人気ブランドのワーキングシューズは在庫が想像以上に少ない。なかなか興味を引かれる話だ▼ワーキングシューズはトップアスリートをサポートするスポーツメーカーも商品を出している。限定品や希少なカラーは特に人気で品薄のモデルが多くある▼赤と決めている班長に合わせて若手が同じ色を購入したり、同じモデルの色違いで足元をそろえるような班があったりする。横並びを好まないのも職人らしいが作業の効率や安全を左右しかねない現場ではチームワークも大切と、シューズ選びで学べた気がする▼人気モデルを仕入れるには代理店との信頼関係が何よりも大事とか。元請と下請、職長と職人と同じように、やはり現場は信頼関係あってこそだと思う。

【延べ14万㎡、施工は竹中工務店・西松建設JV】横浜市、新庁舎が全面オープン

 横浜市の新しい市庁舎が29日に全面オープンした。4月に移転作業を開始。商業施設なども含めすべての準備が整った。同日に林文子市長らが出席して開庁式を開く。

 所在地は中区本町6の50の10。みなとみらい線馬車道駅と直結し、JR桜木町駅からも徒歩3分の場所。規模はS・SRC・RC造地下2階地上32階塔屋2階建て延べ約14万m2。中間層免震構造と制震構造を採用した。

 槇文彦氏がデザイン監修を手掛けた。設計・監理は竹中工務店と槇総合計画事務所。NTTファシリティーズが監理を担当した。施工は竹中工務店・西松建設JV。CM(コンストラクションマネジメント)業務は山下PMC・山下設計JVが担った。

【凜】国土交通省北海道局・佃千加さん

◇楽しんで仕事する姿を見せたい◇

 高校時代に映画「もののけ姫」を見て、開発を望む者と森を守りたい者、どちらも間違っていないのに対立してしまう難しさを感じた。「環境と開発の両立を考えられる人になりたい」。強い思いを胸に秘め大学で土木系学科を学んだ。国土交通省に入省したのは2003年。振り返ると産休・育休を経た後の仕事は思い入れが強い。

 航空局では滑走路増設を含めた成田空港の機能強化を担当した。空港の将来像について空港会社と協議し、千葉県成田市など空港周辺の自治体と勉強会も開いた。プレッシャーは大きかったが、その分やりがいも実感できた。

 15年から2年間身を置いた復興庁は、府省庁や民間企業からさまざまな人が集まっていた。出身や文化が違っても「“復興”という同じ方向に突き進む」組織での仕事は充実していた。JR常磐線の復旧に向け関係部局や地元自治体、JR東日本との調整に奔走した。骨の折れる仕事だったが「復興のシンボル」と言われた全線開通の時期の見通しが立った時、何物にも代え難い手応えを感じた。

 19年4月から現職に就き「北海道総合開発計画」の推進のため港湾・空港分野で取り組む施策の取りまとめや予算確保を担当している。これからも仕事と家庭を両立し成長し続けるのが目標。「楽しんで仕事に打ち込む姿を後輩や子どもに見せていけたら」とほほ笑む。

(港政課企画専門官、つくだ・ちか)

【やっぱり!マイユニホーム!!】大成建設「スリムなスタイルに一新」

 約30年ぶりに作業服とヘルメットを全面リニューアルした。コンセプトは「夏は涼しく 冬は暖かく」。空調服も追加するなど仕事が快適にできるよう工夫を凝らした。デザインはこれまでのオーバーシルエットからスリムなスタイルに生まれ変わった。現場の社員からは「生地がさらりとしていて着心地がいい」と好評だ。

 リニューアルに当たっては、作業時の動きやすさや着用時の快適さを重視。最新素材を採用して通気性や伸縮性、吸汗性を高めた。フルハーネス型安全帯を着用しても使えるようポケットの位置を見直すなど、次世代の建設現場に対応して機能性も向上した。

 スラックスは収納ポケットが充実。物を入れてもかさばらないなど使い勝手の良さをとことん追求した。

 デザインはグレーを基調にしながら、コーポレートカラーのブルー、グリーン、オレンジをブルゾンやシャツにバランス良く配色。ウエスト部分は約9cm伸びる伸縮性の高い生地を採用した。15日までに新ユニホームへの切り替えを完了し、「しゃがんでもゴムが伸びてきつくない」と現場で活躍する社員の評判も上々だ。

【駆け出しのころ】戸田建設常務執行役員建築営業統轄部長・深代尚夫氏

 ◇自ら動き輪を広げる◇

 祖父の代から木造建築の請負業を営む家の長男として、地元の工業高校の建築科を卒業して親の跡を継ぎ、大工になるストーリーがなんとなく決まっていました。高校時代に見た映画「超高層のあけぼの」が心に残り、超高層ビルに携わってみたいという気持ちが膨らみ、大学に進学させてもらいました。

 就職活動の時期を迎えゼネコンで働きたいと思うようになっていましたが、世の中は第2次オイルショックのさなか。就職難の中、運と縁があって戸田建設への入社が決まり、入社前に届いた手紙で九州支店への配属を知ります。最初の1年はほぼ研修で技術者としての基礎を身に付けるため、積算や施工図の作成などに取り組みました。

 初めての現場勤務は竣工前の応援として3カ月ほど配属された大手メーカーの工場でした。朝から晩まで休む間もなく、若手ながら体力的にきつかったです。近くの農家での合宿のような暮らし。作業所長と同部屋でしたが、学者肌でアカデミックな雰囲気を持つ所長には、多くのことを理論的に教えていただきました。

 その後は2年間、長崎大学の施設整備で2現場に携わります。発注者側の監督官にも配筋検査などで厳しく指導してもらい、現場技術者としての基本を学びました。豚骨ラーメンや芋焼酎など赴任当初は苦手だった九州の食べ物も好きになり、4年目に名古屋支店へ異動する時は去りがたい思いがありました。

 38歳まで名古屋支店が管轄する各県の現場をあちこち巡ります。中でも名古屋パルコは延べ約2万坪、タワークレーンが5台ほど入る大現場で、忙しさの極みのような現場でした。

 世界デザイン博覧会の開催と重なり、労務調達の厳しさに加え、テナントのレイアウトが決まらず、工程が後ろ倒しになります。既に開業日は発表され、地元の人たちに心配されるほど。それでも厳しい作業所長の指揮の下、「負けてたまるか」という反骨精神で何とか間に合わせることができました。弱音を吐かず、「目の前のトラブルから逃げるな」と叱咤(しった)激励してくれた所長がいたからこそ、難局を乗り越えられたと思います。

 結局、超高層には携わらないまま営業部門に移ります。大所長を目指していたのですぐには受け入れられません。大学時代の恩師から「営業を天職だと思え」と諭され、会社も自分を営業で必要としているのだと腹を据えました。

 名古屋、関東、名古屋、広島と回った後、みたび名古屋に支店長として戻ります。現場時代の社内外での出会いが、営業でもいろいろな形で自分を助けてくれました。受注が難しい案件でも最初から諦めず、動いてチャレンジする。相手を思う利他の心も大切です。コロナ禍で対面は難しくなっていますが、自ら動いて多くの人たちとの輪を広げることが、どんな仕事でも基本だと思います。

入社5年目、福岡・博多祗園山笠での一枚
(ふかしろ・たかお)1979年明治大学工学部建築学科卒、戸田建設入社。執行役員名古屋支店長などを経て2019年から現職。群馬県出身、64歳。