現場では危険に慣れてしまうことが怖い |
道路の区画線や標識など交通安全施設の工事を手掛ける建設会社に勤めて20年になる亀田清二さん(仮名)は、その瞬間のことを忘れることができない。
道路のセンターラインを機械で引いている時だった。塗料と一緒に散布するガラスビーズのことが気になった。よく見ようと前かがみになった時、いきなり大きな衝撃を受けて体が飛ばされた。自分では気が付かずに体を反対車線に出してしまい、走ってきた車にはねられたのだ。
不幸中の幸いで大事には至らなかったが、後からもし当たり所が悪かったらと思うたびに冷や汗が流れた。この経験は会社で管理職となった今も大きな教訓にしているという。
亀田さんは大学を卒業後、塗料メーカーに就職した。配属されたのは建築塗料を販売する部署。代理店ではなくエンドユーザーの建築塗装会社とじかに接しているうちに、職人の世界に興味を持つようになった。一念発起して転職することを決心し、それまで顧客だった建築塗装会社に頼んで修行を始めた。大学を卒業してもう4年がたっていた。
ところが、大学を出てメーカーに数年勤務してから職人を目指し始めた自分と、10代から修行を積んできた職人との腕の差はあまりに大きかった。しかも景気低迷で仕事は激減し、1週間も現場に出ないことも珍しくなくなっていた。ちょうど結婚を考えていたころでもあり、収入の落ち込みに悩む日々が続いた。
そんな時、塗料メーカーで一緒に働いた同期のS氏から声が掛かった。「親父(おやじ)が経営する会社にいずれ俺も戻るから、先に入っていてくれ」。
この会社が現在の勤め先だ。以前から二人は「一緒に何かをやろう」と話していた仲だった。
「会社の主要業務である道路区画線の施工は、現場が毎日変わり、仕事の手離れがいい。この目まぐるしさが、もともとも飽きっぽい性格の自分には合っていたと思う」
先代社長は区画線の施工機械を使い勝手も考えて自作するなど開発精神に富んだ経営者だった。この社長の後を継いだのがS氏。同期の間柄ということもあって「最初は社長として敬う気持ちは薄かったかも」と亀田さんは振り返るが、「経営者としての働きぶりはすごい」と素直に感じている。
会社の事業は順調に推移している。だが、利益が上がらない厳しい時期もあった。区画線に使う新塗料が発注機関の積算単価と合わず、施工すればするほど持ち出しが増えていった時は「さすがに先が見えなかった」という。
亀田さんは現場に出る社員に、安全管理を徹底することだけは口を酸っぱくして言っている。供用している道路での仕事はすぐ横を車が高速で走り、常に危険を伴う。いつ後方から車に追突されるかも分からない。しかし現場で作業をしているとその状況に慣れてしまい、さらに疲れてくると注意散漫になりがちだ。
「現場で頑張っている皆に小言など言いたくないが、安全管理についてはしつこく言ってやらないと分からない」
会社でS社長を支える番頭役の亀田さん。現場で事故を経験した唯一の社員としても、「引き締めるべき時は引き締める」ことが会社での役割だと考えている。
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