2020年4月13日月曜日

【駆け出しのころ】関電工常務執行役員戦略技術開発本部長・牧野俊亮氏

 ◇最前線で自ら考え行動を◇

 学生時代はインバーターを研究し、電気設備関係の工事会社に入るとは夢にも思っていませんでした。当時、関東電気工事(現関電工)に入った大学の先輩が同じゼミの後輩たちを対象に、現場見学を開いてくれました。現場技術者に興味がわき、社名に関東とあるから遠くに転勤することもないだろうと思い、就職先に選びました。

 1カ月ほど研修した後、埼玉支店の工事部門に配属。初任地のマンション現場では、細かなことを覚える前に、どういう材料を使ってどのように施工しているかを「まずは現場で見て来い」と先輩たちに言われたのを覚えています。

 入社半年後には職業訓練校の現場に異動し、電灯コンセントの施工図を任されました。よく分からない中で自分なりに頑張ったのですが配線を1本書き忘れ、現場に迷惑をかけてしまいます。技能職の先輩社員と協力会社の職長などと行動を共にし、教わりながら必死に学ぶ毎日でした。

 2年目に現場代理人としてごみ焼却場を担当します。スキルも経験も少ない中、元請のプラントメーカーの現場担当者や協力企業の関係者に支えられ、育ててもらいました。竣工後の精算手続きなども含め、最終的に現場を閉めるところまで任され、いろいろと怒られましたが勉強になりました。

 若いころは一人現場が多かったです。目の前の仕事に一生懸命だったので、余計なことを考える暇もありませんでした。いかに現場を円滑に進めるかで頭の中がいっぱいとなり、夢にも現場でのやりとりがでてきたほど。その分、完成した施設の施工に自分も携わったのだという大きな達成感を得られ、仕事を続けるモチベーションになっていました。

 思い出深い現場の一つは、入社9年目に担当した電算センター。データセンターという言葉もないころの先進的な大規模現場を、後輩とともに現場代理人として任されました。施工に携わった現場代理人が適任ということで、竣工後の定期点検にも立ち会いました。約5年間、この施設で唯一電源を切ることができる、1月1日の点検のために出勤していたことは、普段できない経験です。

 入社12年目に営業本部の設計部に移り、太陽光発電の受注に取り組みます。当時はまだパッケージ化されたものがなく、自らインバーターを設計し、電池の組み合わせを検討するなど、一からつくり込みます。ここでの経験を生かして技術士の資格を取りました。

 一般的な電気工事にとどまらず、いろいろな経験をさせてもらいました。その時々に出会った人のつながりが、成長の糧になっています。現場は技術屋にとって最前線の職場であり、成長の場。若手には自主的に考え、行動しながら経験を積み重ねてほしいです。

入社10年目ころ、埼玉支店の安全推進大会で(中央が本人)
(まきの・としあき)1982年明治大学工学部電気工学科卒、関電工入社。営業統轄本部副本部長(現任)や戦略事業本部長などを経て2018年7月から現職。東京都出身、60歳。

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