|
現場で人を育てるためには、ゆとりも必要だ |
「建設需要の膨らむタイミングがあと5年遅かったら、現場の技術伝承は滞り、建設産業は荒廃の一途をたどっていたかもしれない」
建設会社で土木プロジェクトを管理する野々宮健さん(仮称)は、東日本大震災後の復旧・復興事業、全国防災や国土強靱(きょうじん)化に向けたインフラ整備事業などが、建設産業再生への転機になることを期待する。
「大きな現場に配属された若手技術者は、現場所長の背中を見ながら将来は自分も大現場をマネジメントしたいという夢や憧れを抱く」と話す野々宮さん。ここ数年、トンネルやダムなどの土木工事で大型案件が動きだし、次代を担う土木技術者をOJTで育てる最後のチャンスと意気込む。
震災前は、道路やダムなど土木構造物の新設工事が激減し、公共投資の額も最盛期の半分程度にまで落ち込んだ。限られた仕事を多くの企業が奪い合う結果、ダンピング受注が横行。企業は利益確保に四苦八苦し、人材を育成する余力がない状況にあった。
建設市場の風向きは変わった。しかし、これまで体力を削り、社員採用も抑えて疲弊しきった建設会社には、「工事量の急増は違う意味で負荷がかかっている」と感じる。
バブル崩壊後の建設不況の10年間は、新入社員採用が抑えられた上に、数少ない採用者の中からも、給料など処遇環境の悪化で離職者が相次いだ。土木技術者として現場を長年見てきた野々宮さんは「今、現場への人員配置は、本来なら5人必要なところを4人、10人必要なところを8人にしている。理想と現実は大きく異なる。ゆとりのない現場では、昔のようなOJTはできない」。
市場の先行きが不透明なために、会社は技術職を中心に人材不足などの問題があっても今ある仕事を可能な限り確保しようと無理をしがちだ。
過去にダムやトンネルなど、さまざまな土木構造物の建設に携わった実績のある会社でさえも、技術者がいなければ、仕事は当然取れない。業界各社が注目する大型工事を受注したくても、社内の施工体制が整わないために入札参加を見送らざるを得ないこともあり、歯がゆい思いをする。
組織力と資本力のある大手と無理に争えば、体力を消耗するだけだ。野々宮さんは「何でもかんでも手を出すのではなく、市場動向をよく分析しながら強みのある分野に特化して技術提案力や施工力を高める必要がある」と話す。
発注者側ももっと意識を変えてほしいと思う。人材不足を補うために、国を中心に女性活用の動きが活発化しているが、「受け入れる現場に余裕がなければ女性技術者の活躍の場は広がらない。メリットと同時にデメリットもある。コストや工期などへのプラスアルファを発注者側が認めなければ、女性活用の施策も絵に描いた餅になる」。
建設業の先行きを憂える気持ちは誰にも負けないと自負している。建設業の将来のためには、現場での人材育成を原点に返って見直す時期に来ていると感じる。
これまで培ってきた技術・ノウハウを体系化し、現場のマネジメント力をいかに引き継いでいくか。難工事を乗り越え、豊かな国土を築き上げた先人たちの軌跡と、脈々と受け継がれてきた土木技術者としての「DNA」を次の世代に伝えることが、自分たち中堅世代の責務だといつも肝に銘じている。