無心で白球を追う瞬間は高校球児に戻る |
◇野球部がつなぐ担い手のバトン◇
首都圏にある電気設備工事会社で営業を担当する内田雄輔さん(仮名)。得意先や現場などを飛び回る多忙な日々を過ごしている。スーツで隠れていてもすぐに分かる骨太な体形と、冬でも変わらぬスポーツ刈りのスタイルがトレードマークだ。内田さんは高校時代、硬式野球部に所属していた。野球部は甲子園の常連校。全国制覇したこともある強豪校だった。
高校卒業後に入社した今の会社は県内でもトップクラスの電気設備工事会社。社長は大の野球好きで、自らも高校、大学と硬式野球に打ち込んでいた。社内に野球チームがあり、毎年高校や大学から野球経験者を採用。内田さんも経歴を買われて入社した一人だ。
野球をきっかけにした採用で、会社は野球部がある県内の高校や大学と太いパイプがある。新卒採用に苦戦する企業が多い中で、毎年コンスタントに人材が採用できるメリットは大きい。
「自分たちは野球しかやってこなかったから、採用は非常にありがたいこと」と内田さん。目上の人との接し方など上下関係をたたき込まれた体育会系人材は、職人気質のベテラン技能者からも評価が高いという。工業大学の野球部出身者は技術職としても活躍している。
「体育会系人材は根性がある」といったステレオタイプのレッテルを貼られがちだが、やはりと言うべきか「野球部からの採用組はほとんど中途退社していない」という。担い手確保に苦戦しながらやっと採用した若手社員が、あっさりと辞めていくケースは少なくない。「ゆとり世代はこらえ性がない」とこれまたステレオタイプの分析でお茶を濁しても、解決にはつながらない。
野球が取り持つ縁を生かした人材確保。今でこそ定着したが、最初は手探りだったという。「高校は普通科。野球漬けの毎日で建設業を目指していたわけでもない」という若者にとって、建設会社での仕事は決して容易ではない。内田さんも駆け出しの頃は苦労の連続だった。
持ち前の折れない心と試行錯誤で取引先との信頼関係を築く日々。取引先では野球が鉄板の話題で、親しくなるきっかけとしてもってこいの武器になった。今は中間管理職として部下や後輩を引っ張る役割を担っている。
実業団野球が華やかだったころ、大手ゼネコンも野球部を持ち、多くのプロ野球選手を輩出してきた。ノンプロの選手は退部が退職に直結する。野球経験者を社員として迎え、長く働いてもらいたいという同社の考えとは異なる。
会社の野球チームは「同好会みたいなもの」と話す。だがハイレベルな経験者をそろえたチームは決して弱くない。業界団体の大会で優勝した経験もある。「大会での活躍が会社のPRになるのならうれしい」と内田さん。「そろそろ練習がキツくなってきた」と嘆きつつ、「40歳を過ぎても、身体が動く限りは野球を続けたい」と心は球児のままだ。
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