2020年8月24日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・264

注目度の高いダム工事にはプレッシャーも。
裏を返せば多くに人に理解してもらえるチャンスでもある

 ◇「ダムはみんなのもの」伝え続ける◇

  毎年必ずと言っていいほど記録的な集中豪雨や大型台風に見舞われる日本列島。想像を超えて激甚化する自然の脅威は、これまで考えられてきた水害の備えをいとも簡単に打ち砕く。豪雨時のダムの役割が注目を浴び、ダム建設の是非を巡る議論も再燃している。

 「ダムによらない治水と言われる。だが、むしろ堤防によらない治水を一生懸命に考えた末、ダムに行き着いた。雨の恩恵を受け、同時に悩まされてきた日本の長い歴史の中で行き着いた結論なんだ」。ゼネコンの土木技術者として、これまで5カ所ものダム工事に携わった藤沢剛さん(仮名)は「こんなに優れた装置はほかにはないのに」とダムが悪者扱いされる世相を憂う。

 「対岸の堤防を切りに行く」という雨にまつわる故事を引き合いに出す。洪水に備え堤防を高くすると、対岸の集落も負けじと堤防を上げる。揚げ句の果てには洪水時にわれ先に対岸の堤防を切りに行く。そうした水を巡る命懸けの争いに終止符を打ったのがダムだという。「ダムが平和をもたらした」と言っても大げさではない。

 入社当初、火力発電所の建設プロジェクトで中東の砂漠に赴任し「雨が降るありがたさが身にしみて分かった」。東南アジアやアフリカ、至る所に汚染した水を飲まざるを得ない人々がいる。かつての日本のように子どもたちが命を落とし、水資源を巡る紛争が後を絶たない。ダムで救える命が世界にはたくさんある。

 それなのに日本では、豊かな水資源のありがたさやダムの価値への理解が薄れてきている。ダム建設の意義を積極的に伝えようと、直近の現場では地域住民はもちろん、アポ無しの見学者も拒まずに受け入れ、必死でダムを造る姿をさらけ出してきた。

 「(工事関係者を)よそ者と思ったままだと、ちょっとした騒音や振動でさえ頭にくるものだ。こちらからオープンになれば、自分たちの身内と少しでも思ってもらえるのではないか」。農閑期に村人が総出で築造した「ため池」に公共事業の原点を見る。そこにあった「みんなのもの」という意識を取り戻したいと思っている。

 ただ厄介なことに、ダムの役割や効果は目に見えにくい。良さを実感してもらうのはとても難しい。見学者などに説明する際、肝に銘じているのは「伝えてなんぼ、ではなく、伝わってなんぼ」。聞く側の立場になり、真剣に熱意を持って説明することを心掛けているという。

 技術者としてほぼダム一筋で生きてきた。ダム工事の魅力をこう話す。「工事に携わる全員の意思統一ができていると恐ろしいほど力が出る。仕事の質がまるっきり変わってくる。それを肌身で感じられるのがダム工事。だからダイナミックなんだ」。

 すべての工事関係者にとってダム工事は一生ものの大仕事だ。「だから悔いが残るような仕事は絶対したくない」。そう語った藤沢さんは、突然ニカっと笑顔を見せて「だってダムって、杭が無いからね」。冗談を言う時までダムへの愛がにじみ出る。

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