2021年9月13日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・296

仕事で自分の原点になった鉄道が今日も走る

 ◇みんなの思いを結実させた原点◇ 

 こんなはずではなかったのに--。就職が決まった行政機関への出勤初日、佐々木哲治さん(仮名)の足取りは重かった。新社会人としての船出を迎え、希望に満ちあふれた周りの姿に、恨めしさのような気持ちさえ抱いていた。

 インフラの設計を手掛ける企業に勤務していた父は、整備に携わった橋梁などにしばしば連れて行ってくれた。「こんなに大きい橋を一から造るなんて」。父の仕事に憧れるようになり、「自分もやってみたい」という思いが次第に膨らんでいった。大学で土木技術を学び、就職活動を始めるころには、父と同じように設計者として働くだろうと信じて疑わなかった。

 だが当時は就職氷河期。多くの人が就職先を見つけられない厳しい市場環境が、佐々木さんにも襲いかかった。数十社の土木設計企業に履歴書を送るも、相次いで届く「お祈り」の連絡。失意のどん底に突き落とされ「毎晩浴びるほど」に酒を飲み、気を紛らわす日々が続いた。

 苦労の末に内定をつかんだのは地元の行政機関。「正直なんとなく採用試験を受けて」決まった就職先に、希望や熱意を持つことが当時はどうしてもできなかった。

 入庁して配属されたのは、鉄道新線の整備を推進する部署だった。大規模な土木工事を伴うプロジェクトに当初は期待したものの、既に着工している事業で「一から設計できない」。自身にとって不本意な仕事に、「よく飛ばされなかった」と振り返るほど「ふてくされた態度」で業務に当たっていた。

 設計者、施工者、地域住民など、多くの関係者との折衝を、事業主体としてコントロールすることを求められた。トラブルが重なり、逃げ出したくなることもあった。「事業に対して強い思いを持っているからこそ、意見が出てくる」との相談した上司の言葉にはっとした。みんなの思いを必ず結実させる。心を入れ替え、使命感を持って新線の整備に取り組むようになった。

 完成を迎えた時の喜びはひとしおだった。多くの人が駅や車両を往来する光景を見て、「住民の役に立てた」と胸が熱くなったのを覚えている。「ここで働いていく」決意が固まった瞬間だった。

 行政機関が持つ幅広い業務内容も、新たなモチベーションとなった。ジョブローテーションで複数の部署を回り、公園や道路の整備などの仕事を経験。さまざまな形で住民たちの豊かな生活に貢献するとともに、それぞれの部署で得た知見から広がる視野に、自身が成長を続けていける手応えをつかんだ。

 仕事が煮つまったり疲れを感じたりした時に、あの鉄道路線を見に行くことがある。行政職員として導いてくれた「自分の原点」を眺めていると、明日への活力がわいてくる。失意や不満にとらわれた、かつての姿はそこにはない。自信と誇りを胸に今日も職場に向かう。

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