日本経済がバブル景気に沸いた1980年代末から90年代初め、東京都内に相次ぎ建設された大規模都有建築物の扱いが難しい局面を迎えている。老朽化が進む中、従来の用途を維持したまま改修するか、当初の役割を終えて別の道を選ぶか、判断が分かれている。用途転換などで将来的な利活用を模索することも増えているが、晴海客船ターミナル(中央区、91年竣工)のように施設解体を決断する事例も出てきた。
東京港のシンボル・晴海客船ターミナル(設計:竹山実氏) |
大規模都有建築物の建設時期はバブル期前後に集中している。この時期に都は「設計候補者選定委員会」による設計者選定方式を採用し、委員による推薦などで名だたる建築家を積極的に起用。独創性に富み、時には賛否両論を巻き起こす建築物を多く生み出した。バブル崩壊以降は都の財政悪化で建物の新築が原則凍結になり、2000年代に同委員会の選定実績は激減。「現在も制度は残っている」(都財務局関係者)ものの事実上、停止状態にある。
1993年竣工の江戸東京博物館(設計:菊竹清訓氏) |
建築家の菊竹清訓氏が設計を手掛けた江戸東京博物館(墨田区、1993年竣工)はその時期を象徴する建築物の一つだ。築30年が迫り、竣工以来初めての全面改修に乗り出す。基本設計を本年度に終え、2021、22年度に実施設計、改修工事を22~24年度に予定している。
工事内容の詳細は未定だが、設備機器の更新や耐震改修も含まれる見通し。展示物を別の場所に原則移設する大掛かりな作業を想定している。所管部署の都生活文化局によると、改修後の維持管理を見据え「施設の行政ニーズに対する満足度、建築物の長寿命化、環境負荷の低減などを総合的に考慮し、最も適切な維持更新手法を検討している」という。
葛西臨海水族園(江戸川区、1989年竣工)など従来の機能維持が困難と判断された建築物も少なくない。同水族園では隣接地に建設する新施設に機能をすべて移設する計画を進めている。既存施設はガラスドームと広場が特徴的で、意匠や景観も兼ね備えた建築作品として評価が高い。新施設の建設計画が明るみに出ると、建築界などから解体を危ぶむ声が挙がった。
都が既存建物の利活用の検討を前倒しで行う方針に軌道修正したことで、谷口吉生氏が設計した名建築が保存される公算はより大きくなった。とはいえ、当初の役割を終えた建築物をどう生まれ変わらせるか、難問は残ったままだ。
昨年9月に亡くなった竹山実氏の代表作として知られる晴海客船ターミナルも、新施設の「東京国際クルーズターミナル」に東京港の客船受け入れ機能が移ることから当初の役割を終える。用途転換などを検討することなく、今夏の東京五輪・パラリンピック後の解体が決まった。都港湾局の担当者は「埠頭(ふとう)用地に立地している。ホールなどがありイベント利用もされてきたが、埠頭として利用することが基本」と背景を説明する。
東京国際クルーズターミナルに2バース目が増設されるまで、当面は客船の受け入れを続ける必要もあるが、老朽化の激しさから早期の解体に踏み切る。特にボーディングブリッジは何度もトラブルに見舞われ、早急な交換が必要とされる。このまま施設の修繕を続けるより、いったん解体して暫定的な受け入れ施設を設ける方がコスト面のメリットが大きいとの判断があった。
東京五輪の選手村が隣接していることも決断を急がせた。五輪後に選手村が集合住宅に改修され、大勢の住民を迎えた後だと「工事の騒音や振動が問題になる」(担当者)と懸念。選手村の改修期間中に解体工事を済ませたいという事情がある。
東京辰巳国際水泳場は通年アイスリンクに生まれ変わる(設計:仙田満氏) |
既に用途転換が決まっている施設もある。仙田満氏(環境デザイン研究所)が設計した東京辰巳国際水泳場(江東区、93年竣工)は五輪後に都立施設で初めての通年アイスリンクに改修される。五輪会場の施設要件を満たす「東京アクアティクスセンター」の建設が決まった当初から、従来と異なる機能を持つスポーツ施設としての活用を検討。プールやアリーナとして運用する場合よりも都民ニーズやライフサイクルコストで優位性があると結論付けた。
環境デザイン研究所に委託し、施設改修の基本設計が進行中。既存の建築物の良さを生かし、持続可能な形で新たな施設に生まれ変わることができれば貴重な先行事例となる。大規模都有建築物に一斉に訪れた更新時期の到来は、都内に残された大いなる財産の価値を再考する契機にもなりそうだ。
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