災害列島の日本。全国各地で建設会社の奮闘が続く |
4月に起きた熊本地震、今夏に相次ぎ上陸した台風による豪雨や土砂災害。列島各地の被災地では、多くの建設会社が復旧・復興工事を続けている。崩落した土砂や洪水が残したがれきの撤去、仮設道路の整備、決壊した堤防の仮締め切り、倒壊した家屋の撤去…。災害が発生した後、建設会社は地域の復興に貢献するために、人員や資機材が限られる中でも住民や行政の要請に最大限応えようと奮闘することになる。
「ぎりぎり間に合わないかもしれない」。堤防の復旧工事を陣頭指揮することになった市ノ瀬優さん(51、仮名)は、濁流が流れ出した箇所を見つめながら、そう危機感を募らせた。仮復旧の竣工期日が示されたものの、被災地の復旧工事は常に臨機応変の対応を迫られ、とても平時のようにはいかない。土砂の搬入が滞るなど一部の工程の遅れが全体に影響し、遅れを取り戻すのは容易ではない。それでも工程を何とか前に進めなければならない。もし上流で豪雨があったら…その先は想像せずに目の前の作業と向き合った。
幸いにも、協力会社が人員と重機を率先して供給してくれた。土地勘のある部下が、なじみの砕石業者をはじめ資機材調達の段取りを付けたり、大型車両の待機場所を見つけてくれたりした。インフラの管理者が対策本部を直近に構えてくれたことで、急な変更対応もスムーズに進んだ。結果として工事は期日を守って完了。胸をなで下ろした。
復旧工事の中では、大勢の仲間と関係者が現場を支えてくれ、自分の会社の底力も実感した。災害が起きた時、市ノ瀬さんは発注主体が異なる工事の現場にいたが、復旧工事の要請があったことを担当者に報告すると、「ぜひ行ってください」と快く送り出してくれた。現場は昼夜兼行。共に現地入りすることになった同僚は「24時間頑張りますよ」と意気込んだ。
工事に必要な人員や重機の手配にめどは付いていたが、付き合いのある協力会社が「何か手伝わせてほしい」と連絡をくれた。付近を流れる河川の復旧工事を経験したことのある会社のOBは、当時の対応を電話で教えてくれた。別の拠点で異なる業務を担当する職員も毎日交代で現場に来ると申し出てくれた。会社は食事や宿舎の手配など手厚い後方支援を行ってくれ、現場への連絡は最小限にとどめてくれた。「うちだから、やれたのだろうな」。振り返ってみて、今はそう思っている。
現場で目にした忘れられない光景がある。指示されたエリアの復旧作業は終えたが、竣工後も付近の惨状は着工時と大きくは変わっていなかった。泥まみれの住宅の中に見えるリビングや傾いた電柱は、現地入りした当時のまま。自身の責任は全うしたが、やるせない思いを拭えなかった。
大規模な災害が起きても、情報連絡体制や指揮・命令系統が万全で、かつ建設会社の技術力、調達力、マネジメント力が生かせれば、復旧・復興への道をいち早く切り開けると考えている。日本は災害大国。災害は起きないに越したことはないが、必ずどこかで発生してしまう。だからこそ仲間たちと日々、「底力」に磨きをかけようと思っている。
0 comments :
コメントを投稿