仕事の楽しさややりがいを感じるのは時間がかかる |
約25年前にゼネコンに入社して以来、佐竹典夫さん(仮名)は土木一筋で現場の仕事に打ち込んできた。最前に立ち続けているからこそ、建設業が直面している労働者不足の深刻さや人材育成の重要性を痛感している。
「駆け出しの頃に多くの人が支えてくれたおかげで、ものづくりの醍醐味(だいごみ)が分かり、ここまで働き続けられた。恩返しとして自分にできるのは、将来有望な若手を育てることだ」
佐竹さんが建設業を志すようになったのは、小学生の頃に家族と出掛けた旅行先での出来事だった。父親が連れて行ってくれたダムを見た時、あまりの雄大さにすっかり心を奪われた。父からダムが作られた目的を教えてもらううち、幼いながらに「人々の生活を支えられる建設の仕事に就きたい」と強く思った。その熱は月日がたっても冷めることなく、大学卒業後、迷わずゼネコンに就職した。
入社後に配属されたのは山岳トンネルの現場。父親の背中を見ていたこともあり「働く環境が厳しいのは承知の上。しゃかりきになって頑張ろう」と意気込んだ。ただ働き始めて4カ月、毎日朝早くから夜遅くまで働き休みもままならない状況に、ふと疲れを感じるようになった。新人だからといって丁寧に仕事を教えてくれる上司や先輩はおらず、自分の居場所がないような強い孤立感に襲われた。「もう辞めたい」。これまでの不満が爆発し、1カ月ほどしてから退職を願い出た。
すんなりと退職届を受け取った上司は「辞めてもいいから少し休め」とだけ言った。1週間ほど休みをもらい電車で旅行に出掛けた。道中、竣工したばかりのトンネルに差し掛かった。その瞬間、これまで自分が働いていた現場のことが頭に思い浮かんだ。「今やっていることは、こうして人の役に立つ仕事なんだ…」。
胸の中で渦巻いていた不満や後ろ向きな気持ちがやにわに消えていった。旅行を切り上げ、現場に戻って上司に辞表を撤回したいと伝えた。すると何事もなかったようにうなずき、諭すように「少しは肩の力を抜いて、使う人の思いや顔を浮かべて仕事しろ」と言われた。
それから佐竹さんは少しずつ、仕事に誇りを感じるようになった。景気が落ち込み、会社が厳しい経営を迫られた時期も経験した。結婚を機に自宅を購入しようと思ったが、会社がいつ倒産してもおかしくない状態だったため、泣く泣く一軒家は見送った。悔しい思いをしたものの、「誇りが持てるこの仕事に携わり続けたい」と、転職は考えなかった。
それから十数年がたった今、時代は目まぐるしく変化した。会社の経営は安定し、多忙ではあるが仕事にやりがいを感じている。その一方で、技術者として工事に携わるだけでなく、現場を運営し人を育てる立場にもなった。
「入社当時の自分が挫折したように、厳しくすれば建設業の楽しさや誇りが実感できる前に辞めてしまう。それは心苦しい」
後輩たちにものづくりの醍醐味を何とか味わってもらいたい。だからこそ「建設業の将来のために人材育成の原点に返って何が必要かを考え、少しでも未来を明るくできればうれしい」と強く思っている。
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