国内外で多数の照明デザインを手掛ける石井幹子氏(石井幹子デザイン事務所主宰)が昨年10月、文化功労者に選ばれた。東京都内のランドマークである東京タワーやレインボーブリッジなど数々のビッグプロジェクトに携わってきた。人間の英知を結集したものが建築物と力を込め、これからも新素材や革新技術を駆使し、さまざまな建造物に光を照らし続けると話す。石井氏に照明デザインの魅力を聞いた。
--照明デザイナーを志したきっかけは。
「大学卒業後、プロダクトデザイナーの渡辺力氏(1912~2013年)の個人事務所に入社した。照明を天井からつるすペンダントや壁に付けるブラケットといった器具のデザインに携わった。仕事に従事する中で、光自体に魅了され照明デザイナーとして身を立てようと決心し渡欧した。当時は渡航費用が非常に高額だったので、フィンランドの照明メーカー『ストックマン・オルノ社』にアシスタントとして雇ってもらえるよう直談判した。オルノ社やドイツの照明デザイン会社での仕事を通じ、照明デザインを学んだ」
「日本に帰国した1968年に建築家・菊竹請訓(1928~2011年)、黒川紀章(1934~2007年)の両氏と出会った。両氏のプロジェクトで照明デザインを手掛ける中、70年開催の日本国際博覧会(大阪万博)では、電力館や万博美術館といったパビリオンのライトアップにも携わった。当時、日本ではあまり認知されていなかった景観照明に着目し、京都や仙台などで『ライトアップキャラバン』という活動を展開した。活動費用は自己負担であったが、そのかいもあって仕事をもらえるようになった」
--照明の魅力は。
「建設業に従事する人々にとって、日が暮れた後の工事現場を見ることは少ないはず。昼と夜では都市の見え方も大きく異なる。見せたい場所だけを照らすのが照明の役割という認識が少なからずあり、インバウンド(訪日外国人旅行者)からすると、『日本で夜を過ごすには物足りない』といった声も寄せられる」
「技術の進歩により、近年はLED照明が多く採用されている。従来の白熱球などと比べ、電気消費量の大幅な削減につながっていることが、社会に広まりつつある。旅行者や生活する人が楽しめる空間を生み出していけるよう、新技術や素材をうまく生かしながら、日本固有の照明デザインを国内外に発信していく」
石井氏の代表作の一つ・東京タワーの照明デザイン (石井幹子デザイン事務所提供) |
--昨年、文化功労者に選ばれた。
「文化の発展や振興に顕著な功績を残してきた方々の中に、名を連ねられたことは大変喜ばしい。照明デザインという分野が社会から期待されているものと感じる。日本国内には人を引きつける建築物や土木構造物が多数ある。照明はこうした構造物の魅力をさらに高める効果があると自負している」
--建設業をどう見る。
「建設業は戦後の日本や大規模災害からの復興には欠かせない存在であり、われわれの目を楽しませてくれる。建設現場は人間の創造力が結集されている。一方、建設業界では人材不足も喫緊の課題だ。特に女性が働きやすい環境を整備する必要がある。例えば重量物を持ち上げるためのアシストスーツが開発されたり、パウダールームを完備したりと、さまざまな取り組みを展開している現場もあるが、改善すべき点は多い」
「夏場でも快適に仕事をするには機能的な作業着も求められる。稼働する時間帯をシフトすることも有効だ。海外では夕方から夜にかけて建設工事を実施する国もある。作業着や労働時間を抜本的に変えなければ、人材確保は難しい」
--将来の担い手にメッセージを。
「れんがを積んだりタイルを貼ったりしてさまざまな建造物が生み出されている。若者にものづくりの楽しさを感じてもらうには、建築家や技術者が手掛けたものを正当に評価する仕組みが求められる。われわれが先頭に立ち、ものづくりの楽しさや魅力を発信していきたい」。
(いしい・もとこ)1962年東京芸術大学卒。68年石井幹子デザイン事務所設立。89年に東京タワーのイルミネーションで頭角を現した。海外作品も数多く手掛け、豪州の「メルボルンセントラル」(91年完成)の照明デザインに関わった。仏パリで行われた「日仏交流150周年記念プロジェクト」(2008年開催)や「日本・スイス国交樹立150周年記念」(14年)のイベントなどにも携わった。00年に紫綬褒章を受章。
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