元上司で、いまは退職されたSさんと久しぶりに杯を交わした。互いの近況を語る中で、Sさんが「毎日料理をしている」と聞き驚いた▼現役時代、記事を書いては酒をあおり、台所に立つことなど到底想像もつかない人だった。Sさんいわく「料理は記事を書く行為に似ている。一つずつ食材を集め自分で考えながら味付けする。時にはスパイスを効かせ、時には甘辛に仕立てる。記事もそうだろう」▼確かに物書きの中には料理好きが多い。その代表が作家の檀一雄(1912~76年)だろう。著書『檀流クッキング』(中公文庫)には肉ちまきやイワシの煮付け、イモ棒、大正コロッケなど庶民向けのレシピが並ぶ▼檀氏の担当編集者でもあった嵐山光三郎氏は、料理好きの理由を「自らの狂気を防ぎ、自己救済していた」(『文人悪食』新潮文庫)と見る。ベストセラー『火宅の人』(新潮文庫)は修羅の場面が続くが、どこかで冷静に物事を捉える視点がなければ書けない。心の鎮静剤が料理だったと分析する▼それぞれの素材の特徴を生かし、煮込んだり焼いたり蒸したり。そんな多彩な記事はいつになったら書けるのか。
0 comments :
コメントを投稿