仮設劇場は高さ約11メートル。内部はステージや100人以上が座れる客席を備えた大空間が広がる。4月初めに着工し、主要な役どころを務める劇団員らが連日3~5人ほどで建てた。建設現場などで働く仲間たちが時折サポートに入りながら、今月14日に公演初日を迎えた。
強風が吹く土地柄で、屋根のシートが引きちぎられるアクシデントもあったが、致命的な工程の遅延は免れた。棟梁(とうりょう)として現場をまとめた秋浜立さんは胸をなで下ろす。主要部材として使用する仮設の足場材を、以前の枠組み足場から最新型のくさび緊結式足場に変更し、作業スピードが格段に向上したという。
劇場の内部 |
現場に入る1カ月前から描いた設計図を見せてくれた。着工後も舞台装置の増設など設計変更が相次ぎ、手書きの図面は何十枚もの束になる。「CADがあれば修正も簡単なんでしょうけどね」と話す秋浜さんだが、普段は消防設備のメンテナンスに従事し、建設現場とは無縁の生活。5年前の入団当時は1段の足場に立つだけで身がすくんだ。先輩劇団員の教えを請いながら経験を積み、棟梁の貫禄がついてきた。
水族館劇場は1960年代以降に隆盛したアングラ演劇のテント芝居を源流に持つ。鉄筋工として約40年のキャリアを持つ座長の桃山邑さんが87年に旗揚げした。現在のような巨大な仮設劇場のひな型ができたのは20年前だ。
劇団の代名詞は「水落とし」と呼ばれる大仕掛け。ステージ上空の天井裏には水槽が四方に配置され、計3・2トンの水が仕込んである。役者の掛け声とともに滝のような激流がステージに降り注ぐ。水の荷重をトラス構造の梁で支え、大スパンの内部空間を確保している。スライド式のステージの下部には、水落としが流れ込む容量20トンのプールを設置。水圧に負けないよう水平方向に補強材を入れるなど製作にはこつがいる。建設現場で雑工として働く七ツ森左門さんは劇中、自身が設計・製作したプールに落ちたり水落としを頭から浴びたりしてずぶぬれ。プールから出られず、設計に脱出口を盛り込まなかった自らのミスを悔やんで観客の笑いを誘った。
劇場建設は役者が中心的な役割を果たす (右から秋浜さん、松林さん、七ツ森さん、臼井星絢さん) |
女優の松林彩さんは、秋浜さんと同じくパイプやクランプの扱い方を劇団で学んだ。高層ビルの窓清掃を現在の仕事に選んだのは「日常的に高所作業をしておけば(安全の取り方などに)役に立つ」と考えたから。今ではヘルメットと安全帯を身に付けて足場を駆け上がり重労働もこなす。
役者たちが自ら造った舞台で演じると、独特の迫力が生まれる。時空を行き来する荒唐無稽な芝居に血が通い始める。
劇場の観客席 |
昨春の公演は新型コロナウイルスの緊急事態宣言と重なった。仮設劇場を造り上げたものの初日直前に中止を決断せざるを得なかった。「やり切ったわけではないが、やり続けた」と秋浜さんが言うように、劇団員らは最後まで実現を目指し、劇場と芝居をつくり続けた。
再起を図る公演はいよいよ終盤。水族館劇場の芝居は、公演期間中も台本が書き換えられ、夜ごと進化する。役者たちが芝居をつくり続けた先にどんな光景が広がるのか、目撃した者にしか分からない。
【水族館劇場野外公演】
「Naked アントロポセンの空舟(うつほぶね)」
■日程 5月31日(月)まで 連日午後7時開演
■料金 当日4500円 全席自由
■場所 臨済宗建長寺派宗禅寺第二駐車場(東京都羽村市川崎2の8の20)
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