2021年8月16日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・293

若き日の現場経験が公務員になった今でも生き続けている

 ◇より良い行政サービスを求めて◇

  民間企業で経験を積み公務員に転職する技術者は少なくない。生まれ育った街の市役所で働く秋山大輔さん(仮名)もその一人。子どもの頃からものづくりが好きで、大学では建築を学んだ。卒業後はゼネコンに入社して約10年間、数多くの建設現場に従事した。

 「更地だった場所に一つ一つの工程を経て、建物が完成していく。そんな現場に携われるのが建設会社で働く一番の魅力だった」と振り返る。当時の現場は長時間労働が当たり前だったが、一つの現場が終わってから次の現場で仕事が始まるまでの間に長期休暇を取る働き方も悪くなかった。

 だが30代を迎え家庭ができるとワーク・ライフ・バランス(仕事と家庭の調和)を意識し始めた。「コンクリートから人へ」をスローガンに掲げた政権が誕生し、建設投資の先行きに不安を覚えたことも、新たな道を考えるきっかけだった。

 地元の自治体が建築系の技術職を中途採用していることを知った。「最初は興味半分で受けてみた」が結果は合格。建設業の仕事にやりがいは感じていた。自身が公務員になることをあまり考えたことはなかったが、「せっかくの縁。挑戦してみよう」と転職を決めた。

 地方公務員として再出発し、公共施設の営繕部門や街づくりの関連部署などを担当してきた。施工者から発注者に立ち位置は変わったが、「ゼネコン勤務時代に培った知識や経験は今の仕事にも生きている。施設を利用する市民の顔が間近で見える機会が増え、本当にうれしい」。利用者のためにできることをしたいという思いは強くなっている。

 市民との距離が近づくと、うれしい場面以外の光景にも遭遇する。図書館の新築工事で建設地の前にある広場を閉鎖した時、「いつも憩いの場所として利用されていた親子が悲しそうな表情をしていた。公共サービスの質を高めるためとはいえ切ない気持ちになった」。より良い公共空間を整備し多くの人に喜んでもらおうと心に決めた。

 市内にある著名建築家が設計した施設の建て替えを巡り、市民から保存を求める声が挙がったこともある。子どものころから慣れ親しんだ施設を解体することに自分自身も戸惑った。けれども老朽化の進行もあり、「市民の安全を守るには建て替えがベストな選択」と思った。建築のプロという立場から、市民や議会に建て替えが必要と丁寧に説明した。

 公共施設の適切な維持管理や自然災害への備えに加え、デジタル対応、脱炭素といった新たな政策課題も山積している。財源などの制約は多く、対応できる範囲にも限りはある。だが「何か方策を模索していきたい」と力を込める。

 公共インフラは建築だけでなく、土木、都市と幅広い分野にまたがり、市民の暮らしに直結している。ゼネコンの技術者、地方自治体の公務員と重ねてきたキャリアを総動員し、市民に寄り添った行政サービスを提供し続けようと思っている。

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