2020年7月13日月曜日

【駆け出しのころ】応用地質取締役常務執行役員事業部統轄本部長・重信純氏

 ◇現場に帰って考える◇

 大学院では地下の岩盤への液化天然ガス(LNG)貯蔵などを研究していました。応用地質調査事務所(現応用地質)から大学に岩石試験を依頼され、当社のことを知りました。岩石試験を当時担当していたのが成田賢社長だったのも、何かしら縁を感じます。

 入社後は埼玉支店に配属。岩盤を研究していたことから、関東平野で地盤が軟らかいエリアの業務を担当することになり、多少の戸惑いはありました。同支店での6年間、造成や河川災害の調査など、とにかく忙しかったです。

 河川堤防が決壊した際、国からの要請を受けて早朝から現場に入り、土木研究所の方と約40キロを数日かけて調査しました。造成前の田んぼのボーリング調査では場所を間違え、誤ってブランド米の田んぼの稲を刈ってしまった失敗談もあります。

 院卒で新人のようには見られず、入社3年目と同様に扱われます。自分も頑張ろうと必死で勉強しました。本社に近いことから、技師長と一緒に仕事する機会も多く、いろいろなことを教えてもらいました。社内外の人脈も広がり、今も駆け出しのころのつながりが役に立っています。

 入社7年目、九州に異動します。思い出深い仕事は浸透問題の解決に向けた筑後川での堤防試験。限られた期間の中で、堤防の大きさ、水をどう持ってくるかなどの計画を立て、試験用施設を整備しました。現地試験もワゴンカーに1週間ほど寝泊まりしながらのモニタリング。報告書も寝る間を惜しんで作成して大変でしたが、今後の河川対策に役立つ業務をやりきった達成感がありました。

 調査業務は地味な仕事です。災害対応では調査した結果に基づき対策が講じられます。何年後も施設機能が維持されることが満足感につながります。復旧した堤防など、携わった施設ができた何年後かには現地に行き、健全な状態であることを確認してきました。自分たちの仕事に間違いがなく、地域の安心安全を守り、社会に貢献する事業なのだと実感できます。

 若いころは「分からなければ現場に帰って、現場で考えろ」とよく言われました。調査業務は現場を見て、その場で判断するセンスが不可欠。われわれの仕事は現場から始まり、特に災害現場では即断・即決の対応が求められます。

 IT化などで技術が進歩し働き方も変わりつつありますが、災害が起こった時、真っ先に現場へ駆けつけるところは今も昔も変わりません。なんとかしなければと血が騒ぎ、どんなに忙しくても災害関連の業務をみんなが優先します。災害対応は技術職だけでなく、営業職なども含めて企業のDNAとして脈々と受け継がれていると思います。

入社15年目、広瀬川の河原で開いた会社の芋煮会で(中央が本人)
(しげのぶ・じゅん)1983年愛媛大学大学院工学研究科海洋工学専攻修了、応用地質入社。執行役員四国支社長などを経て2020年4月から現職。愛媛県出身、61歳。

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