2015年8月24日月曜日

【駆け出しのころ】あおみ建設取締役常務執行役員土木本部長・河邊知之氏


 
◇自信と夢が成長させてくれる◇

 学生時代に瀬戸大橋の建設現場を見学し、土木の中でも海の工事はスケールが大きく、自分もそうしたものづくりに携わりたいと考えるようになりました。
 入社して1週間の研修を受けた後、九州の大分作業所に配属となります。私は岡山出身ですが、若いころはいろいろな所に行ってみたかったため、一人で九州に向かう時も特別な思いはありませんでした。
 九州の現場には7年ほどいました。最も印象に残っているのは、やはり最初の現場です。漁港の防波堤工事でした。入社前、建設現場というのは日々、目に見えて変わっていくイメージを持っていたのですが、ここでは違っていました。
 ケーソンが据わるまでは水面下の作業であり、何をやっているかが見えなかったのです。でも、完成した時には大きな達成感を味わえました。新入社員としていろいろと教えてもらったのは、この現場にいた数カ月だけで、その後は大分空港の護岸工事などに携わりました。
 海上工事では、春先などに海の状況が急変することもあります。ある日、沖合の防波堤で作業していると、海が急にしけ始め、タグボートを呼んで帰ったことがありました。大きく揺れるタグボートには、うまくタイミングを合わせないと乗船できず、これが非常に怖かったのを思い出します。護岸の前に積み上げた捨て石が、波でゴロゴロと崩れていったこともありました。
 いつまでに、こうしなければいけないなどと決断するには、自信が必要です。これがないと作業員の人たちも従ってくれません。若いころは勝手にやって所長からよく怒られたものですが、上から言われたことをそのまま伝えるのではなく、自分で咀嚼(そしゃく)して考え、決めないと進まない時もあります。その時々の状況に応じて判断することが重要です。
 阪神大震災の時には設計担当として、東日本大震災では東北支店長として復旧・復興に携わるなど、さまざまな貴重な経験をさせてもらってきたと思っています。建設業の魅力をどう感じているかは、私たちの世代と若い人たちでは違うのかもしれません。でも、若い人には夢を持ってほしいと思います。将来はこんなふうになりたい、こうしたことに携わってみたいといったものがないと、現実ばかりに追われてしまい、上を目指さなくなってしまいます。
 それには、会社が夢を見られるような体制でなければなりません。私がそれを自分の夢と言ってはいけないでしょう。一緒にやってくれる人たちと実現させていくことが、大きな役割だと考えています。
 (かわべ・ともゆき)1985年岡山大工学部土木工学科卒、佐伯建設工業(現あおみ建設)入社。西日本事業部土木部部長、土木本部土木部長兼管財人室長、執行役員土木本部副本部長、取締役常務執行役員東北支店長などを経て14年10月から現職。岡山県出身、52歳。

九州の現場に勤務していた当時。スケールの大きな仕事に憧れ入社した


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