大規模現場では多くの作業員が仕事をする。 どうまとめるか、所長の力量が試される |
東京の都心部で進む高層ビルの建設現場で所長を務める栗洋介さん(仮名)。大手ゼネコンに入社してから20年余り、一貫して建築畑を歩み、現場で施工管理に汗を流す毎日だ。
現場では、ゼネコンと協力会社の強い信頼関係と結び付きが高い品質の建物を安全に造ることにつながるが、栗さんには思わぬ失敗を引き起こした苦い経験がある。入社10年目、初めて所長を務めた都内の中層オフィスビルの現場だった。
働きやすい職場環境をつくろうと、「終業後に現場の改善点や問題点を聞くため、協力会社の社長や職長を誘って食事に出掛けたのが始まりだった」と振り返る。いつものように現場に出て、作業員に話し掛けるのだが、反応が芳しくない。最初は「猛暑日が続いた影響か」「仕事に集中している時に話し掛けてしまったせいか」とあまり気に掛けていなかった。事態が深刻だと感じたのは、作業中の職長を注意し、会話を拒絶された時だった。
「何が起きているのか」。まったく分からず途方に暮れる中、ようやく会話に応じた作業員の1人が、「食事に行った企業の作業員をひいきにしている」とぽつりと漏らした。「安全で快適な職場をつくろうとしていただけだったが、そんな見方をされるのかと衝撃を受けた」。誤解を解こうと努力したが、状況は一向に改善しないまま工事は終わった。
「プロの集団だから、彼らが仕事で妥協することは絶対にない。それだけが唯一の救いだった。事故もなく、納期にも間に合ったが、もし何かあったらどうなったか。思い出すたびに今でも冷や汗が出る」。「男の嫉妬は怖い」と思い知ったこの経験から、現場の協力会社の関係者と外で食事をするのはその後一切やめた。
ただ、品質や安全をより高め、工程上の工夫などを取り入れていくには、どうしても皆との打ち解けた会話が必要になる。まずは時間が空く限り現場内を回り始めたが、周辺地域や施主、本社との調整など多忙の中でおのずと限界が来た。現場事務所で職長級以上を集めた定期的な食事会を企画したが、「話を振れば会話はするのだが、どうも本音を出していない」と感じた。
次に考えたのは、作業終了後に事務所内で行う定期懇親会。酒を出し、皆で飲みながら話す。「酒の勢いもあるから、安全面での独自の工夫の披露、施工上で不安視される問題の改善策についての議論、廃棄物の効率的な収集方法や若手の育成方法など、いろんな提案がよく出てきた」。
所長を務める現場は現在が四つ目。今は定期的な職長級の食事会と作業後の職長級懇親会、若手を含む不定期の懇親会を開いている。若手が入る懇親会は「ベテランの視点とは異なり、気付きを与えられる貴重な意見も多い」。ベテラン、若手に限らず、できること、良いものはすぐ実行に移す。
「現場運営は公明正大、公平で、適度な距離感を保つ」。そう心に刻みつつ、きょうも現場に向かう。
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