「私の一生は亡くなった大林芳郎名誉会長と共にあった」。3日に死去した元大林組社長の向笠眞二氏が、05年に社長を退くに当たっての記者会見で感慨深げに語ったこの言葉が印象に残っている▼向笠氏は1957年に東大工学部建築学科を卒業。在学中、当時社長だった芳郎氏が「わざわざ大学まで私を迎えに来てくれた」。会見では、8年にわたった社長在任期間の思い出を聞かれ、芳郎氏の死を挙げた。直接の「引き」という入社の経緯を含め、共に歩んできた芳郎氏の死の衝撃はそれほど大きかったのだろう▼03年7月に芳郎氏が亡くなる3カ月前、同社は「優良企業構想」を発表した。目指すべき企業像と、その実現に向けて何をやるべきかを全役職員に示し、受注量の確保と収益力の向上を同時に図る手法として「コンカレント・エンジニアリング」を提唱した▼優良企業構想で掲げた営業利益目標の2年前倒しでの達成は、支柱でもあった芳郎氏の死を乗り越え、一丸となって実現を目指した成果といえよう▼担当記者として当時の同社を取材できたのは、巡り合わせとはいえ、大変に幸運だったと今でも思う。
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