2015年3月27日金曜日

築60年の木造アパート再生/東京・谷中「HAGISO」

築60年の味わいが何とも言えない雰囲気を醸し出している
東京・谷中地区で、築約60年の木造アパート「萩荘」をリノベーションして誕生した「HAGISO」―。カフェやギャラリーを活用したイベントを定期的に開催し、「最小文化複合施設」として地域住民や観光客の憩いの場になっている。既存ストックを地域拠点・文化拠点に生まれ変わらせたHAGISOの取り組みは、空き家や老朽建築物対策の新たな形として注目されそうだ。
 HAGISO(台東区谷中3の10の25)は、谷中銀座商店街からほど近い閑静な住宅地にたたずむ黒塗りの建物。木造2階建ての1階には木のぬくもりをそのまま生かしたカフェと、白壁の明るいギャラリースペースを整備した。2階にはヘアサロンとアトリエ、アパートの元住人でHAGISOの代表を務める建築士・宮崎晃吉氏の事務所が入っている。
 HAGISOの前身の賃貸アパート「萩荘」は1955年に竣工した。戦後、単身者向けに大量供給された中廊下型の共同住宅で、廊下を挟んで6畳の個室が一列に並んでいた。こうした構造が近年のライフスタイルと合わなくなり、2000年以降は空き家になっていたが、04年に近隣の東京芸術大学の学生5~6人がシェアハウスとして利用を開始。住人を中心に、芸大の学生などさまざまな人が集まる場になっていった。宮崎氏は、06年に住み始めたという。

黒塗りの壁が印象的なHAGISOの外観

 11年に東日本大震災が起こると、建物や設備の老朽化などを理由に萩荘の解体が決まった。入居者をはじめとする萩荘に縁のあるアーティストが「建物に死に化粧をしよう」(宮崎氏)と集まり、12年2~3月に建物の空間自体を作品化するグループ展「ハギエンナーレ2012」を開催した。萩荘の壁にビスを何本も打ち付けた作品や、2階の床を一部取り払って作った吹き抜けを金網で囲って大きな鳥小屋にした作品など、解体が前提だからこそできる大胆なパフォーマンスが観客の心をつかみ、開催期間中に1500人の集客を記録。グループ展の成功で解体計画が見直され、改修して最小複合文化施設として生まれ変わることになった。
 改修後のHAGISOは13年3月にオープンした。改修に当たっては、1階の居室スペースの壁を壊して、中廊下を挟んでカフェとギャラリーを配置し、一体感と開放感のある空間を創出した。ギャラリースペースは北側に窓を設け、安定した採光を実現。柱や天井は化粧材を取り払って萩荘を長年にわたって支えてきた躯体をあらわにした。このほか、築年数を考慮し、壁内に火打ち金物を入れるなどして建物の耐震強度も高めた。
 宮崎氏によると、最小複合文化施設というコンセプトを打ち出すには、カフェやギャラリー以外の要素も必要との考えから、定期的にギャラリーを活用したイベントを開催している。内容はダンスや映画上映会、子どもへの絵本の読み聞かせや建築に関するトークイベントなどさまざま。「一般的な複合施設は各要素がエリアで分かれているが、HAGISOは時間によって要素が変わっていく」と話す宮崎氏は、今後もイベントなどを通じて同施設の複合化を進め、地域に根差し、地域の人が集まる「公共的な建物」にしたいと展望を語る。

吹き抜けのあるギャラリーがなんともお洒落
東京23区全体(面積6万2670ヘクタール)に目を向けると、約24%(同1万5100ヘクタール)を萩荘のような建物が多い木造住宅密集(木密)地域が占めている。東京都は首都直下地震などに備え、木密地域の不燃化に向けて共同建て替えの推進や延焼遮断帯の整備などに取り組んでいる。
 木密地域の住民らも地区の防災性向上を目指し、再開発事業で高層ビルを建設するケースも多い。萩荘のような古い木造アパートはいずれ消えゆく運命にあるともいえる。
 HAGISOは、リノベーションで施設の用途は大きく変わったが、「人が集まる」という元の萩荘が持っていた性質を引き継いで再生された。木密地域で進む新しい街づくりとは別の軸で、HAGISOのように地元に根差し、土地や建物が持つポテンシャルを生かしたリノベーションの取り組みが広がれば、都市の中に多様性が生まれ、「東京全体の魅力や価値が高まる」(宮崎氏)可能性もある。

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