苦労が多い分、やり甲斐も大きい |
今の若手技術者は仕事に夢を抱けているか-。
1988年に入社以来、主に産業空調の設計業務に携わってきた舘博史さん(仮名)。部下を束ねる立場になった今、入社当時、自らが抱いていたのと同じような仕事への情熱を若手にも持ってもらうためにどうすべきか悩んでいる。
産業空調の仕事に就いたのは、バブル経済が崩壊する前後のことだった。他の産業の勢いが衰えていく中、元気があったのが半導体分野。製造設備の現場で技術とノウハウを磨いた。「案件が多すぎて家に帰れず、事務所に寝泊まりする日々が続いたこともあった」と当時を振り返る。
ターニングポイントとなったのは、産業空調の設計業務に就いて最初に扱った案件だ。ある地方都市の半導体工場の立ち上げで、空調設備に加え、電気、給排水、内装など、建物本体以外すべての工事を請け負った。「ジャンルを問わずほとんどの仕事を請け負ったため、かけずり回って仕事をしていた。必死だった」。
半導体工場に不可欠なクリーンルームを構築する際には、顧客の要求を満たすために材料を自分で吟味して調達し、工法も自分で考えて対応した。この案件が縁となり、同じ顧客から仕事をもらうこともあった。仕事で認められることの喜びを知った瞬間でもあった。
日本の半導体景気が落ち着いた後は、海外の仕事も豊富に経験した。「言葉は通じなくても技術は万国共通」と信じ、中国、韓国、台湾と各地を渡り歩いてきた。「時代は違うが、今と比べると何もかもスピードが違った。特に、現場で経験値を積む速度は比べものにならない」。激動の時代を生き抜いたことが、現在の地位につながっていると思っている。
今の若手技術者には、自分が歩んだような厳しい現場で学んでほしいと願うが、一方で「厳しすぎれば辞めてしまうこともある。根性論は通用しない」とも思う。仕事に苦労は付きものだが、「人を見て、どのタイミングで、どのぐらいの重みを与えるかを判断する必要がある」。
やる気のある部下も多くいるが、「技術的に素晴らしいものを考案したとしても、コストや工期など多角的な視野がなければ、顧客を満足させることはできない。いずれ心が折れないか心配になる」とも。
自分の入社当時を振り返ると、「携わる技術は新しいもの、初めてのものが多かった。それがモチベーションにつながっていた部分もあった」。
そこで若手技術者には、「チャレンジ」させることを心掛けるようになった。若手のうちに、顧客との接点を多く持たせたり、海外拠点で働けるよう打診したり。「何かをやる前に物おじするのではなく、やった後に失敗してもそこから学べる人に育ってほしい」と思うからだ。
「まだまだ若者に負けない気持ちはある。今から現場に出ろと言われたら、喜んで行くよ」。自身の仕事への情熱は、入社から27年たった今でも冷めてはいない。
いつまでもステキですねぇー♪ ちなみに ダテヒロシさん…は私の友達のご主人ですっ♪
返信削除コメント、ありがとうございます。
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