現場の人手不足は深刻。後輩もなかなか定着しないが… |
雪国で生まれ育った佐々智隆さん(仮名)。地元の県を代表する建築会社に入って10年目の今年、仕事が縁で知り合った女性と結婚した。
「これからまたやっていけそうだ」。その顔には自然と笑みがこぼれる。かつて心の中に大きく広がった不安が、少しずつ希望に変わっているのを感じている。
入社後、20カ所近い建築現場の施工管理をひっきりなしに担当した。現場から現場へ、この業界では当たり前のことだと思いながら、学生時代に剣道で鍛えた体力と忍耐力で仕事をこなした。
雪国の建設業の難点はやはり冬場。コンクリートを打つ前の晩は、天候や気温が予報通りになるかどうか心配で眠れない。寝不足がたたり、早朝の出勤時に居眠り運転をしてしまったことも。「車が路肩を乗り越えて田んぼに突っ込み、雪に埋まっちゃって。周りにいた人たちに助けてもらった」。
身に異変が起きたのは、6年目の冬だった。自宅から車で1時間かかる現場に毎日通っていた。就業後、底冷えのする現場事務所に一人残り、図面を入念にチェックして翌日の作業の段取りを立てる。事務所を出るのが深夜1時、2時になることもざらだった。
生真面目な性格が災いした。「どうしても体が言うことを聞かなくなってちょっと仕事を休んだ。すぐに現場に戻ったけれど、それからは休んでは戻っての繰り返し。焦りもあった。そんな毎日で心身ともに参っちゃったんだろうな」。心療内科に通い、1カ月ほど休職することにした。
現場に穴をあけてしまったことが頭をよぎり、自分が情けなかった。しかし、心と体は何も考えずに休息することだけを求めているのが分かった。自室にこもり、趣味の映画を一日に2~3本も見る日々が続く。それを家族も静かに見守ってくれた。
「あのころを脱して、今でも仕事を続けられているなんて不思議な気持ち。仕事のやり方を覚えてきたというのもあるけど、自分で心身のバランスを取れるようになったのかな」。つらかった経験が、確かに自分の糧になったと思っている。
妻と出会ったのはその後だ。県内企業の若手社員が集まった交流会。通信会社に営業職として勤務する彼女は、偶然にも佐々さんの会社の担当だった。すぐに打ち解けて意気投合したが、何よりもうれしかったのは、自分の仕事のやりがいや大変さを理解してくれることだった。
地元建設業界の今後を楽観視はしていない。人手不足は深刻で、後輩もなかなか定着しない。「職人さんだけでなく、自分の会社の人間もかつかつ。やっぱり3Kだもん。入ってくる人はいないよ」。JVの一員として大手ゼネコンの現場を経験した先輩がそのまま引き抜かれていく光景も一度ならず目にしてきた。
「でも、自分はなあ…」。生まれ育った土地、そして理解してくれる人たちがいるということが、どれだけ大切なものか。中堅世代と呼ばれるにはまだ早いと思っているが、胸には地元の将来を支える力になりたいという思いが芽生えている。
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