プロから受けた手ほどきは実際の仕事で役立つに違いない |
「地球規模で深刻化する環境問題に対して建築は何ができるのか。建築の正義を見つけたくて先生になりました」。こう話す土谷尚子さん(仮名)は、工業高校の定時制で建築を教え始めてからこの春で20年目を迎える。
かなづちで指をたたいたり、単管パイプをつま先に落としたりと毎日が慌ただしく過ぎていく。部活動も盛んな学校で、ルールも分からずボクシング部の顧問に就き、セコンドに立っていたりもする。生徒から「先生」と呼ばれる意味を、たまたま生徒より「先」に「生」まれたことだけ、と思っている。
建築家になりたくて大学の建築学科に進学したものの、奇抜なデザインを競い合うような授業になじめなかった。環境問題の解決には建築を扱う人間の教育が欠かせないと教育の世界に飛び込んだ。
専門的な職業人を育てるには、各分野の技術・技能を習得するための実践的な教育が求められる。それには、現場経験のない大卒の教員だけでは不十分。建築家を講師に迎えての建築デザインの講義や、大工の棟梁や鉄筋工、型枠工、家具・壁紙・タイル職人による実技指導など、本物の「知」と「技」を見て聞いて学ぶことができる授業を大切にしている。ものづくりの「心」に触れる機会にもなってほしいと思う。
プロから受けた手ほどきは必ず実際の仕事で役立つ。生徒たちにとって貴重な経験になっているに違いないと信じている。来てくれる専門家に感謝すると同時に、「建設業に従事する皆さんが若い世代をしっかり育てていこうという熱い思いに毎回、感動を覚える」。
昨年末に建築家を招いての課外授業が行われた。全日制が企画した講演会で、講師の名前を見てびっくり。大学の同級生だった。東日本大震災の被災者に寄り添い、建築の職能を生かして地域の復興をサポートする姿に、大学時代から変わらぬ優しさを垣間見た。
こうして活躍する同窓生と出会うたびに、「素晴らしい人たちと同じ大学で学べたことを誇りに持ち、恥じない生き方をしよう」と強く思う。夫は大学の土木工学科を卒業し、現在は建築設計事務所でマンションやホテルの設計業務に携わっている。身近にいる同窓生は、「実務経験のない私にとってありがたい存在です」。
建築を通じて環境問題に向き合ってほしい。そんな思いに反し、「日射量と昼光照度」「室内空気の熱収支」などの話は生徒にとっては子守歌。学生の頃から変わらない大声だけが授業中の睡眠妨害に役立っているようだ。
「工業高校の生徒の中には、想像を超えるやんちゃな生徒もたくさんいる。本当に大変」。先生を困らせ、悩ませ、達者な言葉で反抗してくる。そんな彼らが、社会に育てられ立派になった姿を見ることが日々の原動力になっている。
「教え子が皆さんにお世話になるかもしれません。その時はよろしくお願いします」。
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