マニュアル通りで「良い仕事」は生まれない |
マニュアルや基準に沿って業務を進めると失敗はしないが、「良い仕事をした」とも言われない。マニュアルなどに縛られ過ぎると、ものづくりの楽しさや創造の喜びもなくなっていく。アイデアやこだわりを生み出すには考える時間が必要だが、今の建設現場は、さまざまな制約によってそうした時間が取れない状況に陥っている。
ゼネコンの建築設備技術者として、現場や支店業務などを15年余り担当してきた松尾剛さん(仮名)は最近、「もっと自由に考える時間をつくれる環境がほしい」と痛感する毎日だ。
建築物は一品ずつの受注生産。造り方や造る時の考え方はさまざまだ。基準類は造り方の指針にはなるものの、現場で自分を支えてくれるのは、自ら学んで確立し、伸ばしてきた技術論だと思っている。
入社2~3年目のころは学ぶことが多く、自身の成長の遅さに焦り、随分と悩んだ。そんな経験を経て、今は「自分のやり方を見付けることが大切。技術的なバックボーンがあると本当に心強い」と感じる。
たた、建築プロジェクトは、関係者が多くなればなるほど「調整」が必要になることも増える。自分の技術論だけでは越えられない部分も出てくる。ある医療・福祉施設の現場を担当した時は、調整の大変さが身に染みた。その経験を買われてか、今でも会社からは調整の多い仕事をよく任される。
松尾さんが現在担っているのは、入札や見積もり、VE、検査など施工全般に対する支援、自社で施工を手掛けた物件のファシリティーマネジメント(FM)、それに若手の育成など。仕事の幅が多岐にわたるとともに、責任も重くなってきた。
いろいろな経験を積んで技術力も調整力も身に付け、40歳を目前にした今、松尾さんは再び悩む時期を迎えているという。技術力や調整力を身に付けたが故に、逆に凝り固まり、自由な発想や身軽さを失っているのではないか…。
「根拠のない自信が消え、やってきたことしか信じられなくなっている。がむしゃらだった若いころの方が、建築主の思いや設計者の考えを引き出せていたかもしれない」。入社したてのころ、「すぐにできるにようになりたい」「うまく立ち回りたい」ともがいたのとはまた別の悩みである。
だが、現在の業務環境は、物事を自由にじっくりと考える時間的余裕を与えてくれない。最近増えた書類作りなど日々の業務に忙殺され、自身の足元を見つめ直す時間もなかなか取れない。「書類を積み重ねても、その人らしさや自由な発想は生まれない」。
松尾さんは、父親が建設業に従事していたこともあり、ゼロからものを造る仕事に引かれて同じ道に進んだ。しかし今、「自分の子どもには『建設業は良いぞ』と胸を張って言えない」と吐露する。
「立ち止まって自分自身のことをしっかりと考えたい」。社会人になって2度目の苦悩の時期。これを乗り越えれば、もう一段の成長ができる。そんな自分の背中を子どもも見ていてくれていると信じて頑張るしかない。
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