2016年5月23日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業138

 ◇努力でつかみ取った天職◇

 配管工の猪俣貴人さん(仮名)は、小学生のころからサッカーに熱中した。

 当時はJリーグの発足前だったが、高校卒業後は現在Jリーグに所属するチームの前身となる実業団チームに入り、セミプロとしてサッカー漬けの毎日を送った。

 引退後、大手運送会社やアパレル会社の配送員などの職に就いたが、10年が過ぎたころ、「毎日同じことの繰り返し。努力しても先を見通すことができない」と退社した。

 他に何かやりたいことがあったわけではない。次のステップをどうするか悩んでいた時に、配管工事会社を営む地元の同級生にアルバイトを頼まれた。それが配管工としての道を歩み始めたきっかけだ。

 休みは平均すると月1回、日常的に地方への出張も多い厳しい労働条件だが、もともとものづくりは好きな方だった。今は「天職だと思う」と充実した日々を過ごしている。

 入社から2年。溶接やダクトの採寸、配管と通常だと10年かかってようやく形になる仕事も任されるようになり、一人前の職人に近づいている実感がある。もちろん、ここまでの道のりは決して楽なものではなかった。

 入社当初は、専門用語が飛び交う現場で仕事の段取りすらままならず、右往左往する日々が続いた。それでもサッカーで培った根性とやる気でカバー。分からない用語などがあるとすぐにインターネットで調べ、メモを作ってポケットに忍ばせながら作業に当たる。事務所に戻ってからも毎日深夜まで溶接の練習を続けた。

 「職人の技能・技術には、上には上がある。やればやるだけ上達するし、上達するほど新しい目標も増える」と努力が苦になることはない。だがその一方で、好きな仕事だからこそ見える不安や不満もある。

 社員10人足らずの小さな会社だが、同級生の社長とその弟の専務を除くと、今年40歳になる猪俣さんが最年少。他の職人は50代の熟練工ばかりだ。肉体的にも負担の大きい仕事だけに、皆いつまで続けられるかという不安を常に抱えている。

 若手が入ってこない現状は、会社や業界自体の存続を危うくしかねない。「いくら頑張っても仕事が続けられなくなるのでは」。猪俣さんもそんな不安を抱き始めている。

 実際には若手の入職がないわけではない。だが、入社しては辞めていく10代、20代の若者の姿を2年間で10人以上目にしてきた。若手が入れば、自分が必然的に教育係になる。丁寧に指導するが、優しく接すれば接するほど若者から聞かれるのは不平や不満ばかり。言われた仕事はこなすが、自発的に何かをすることはない。

 努力を続けてきた自負があるだけに、「仕事を楽しく感じるところまで行き着いていないのに、辞めるなんてもったいない」と歯がゆい思いが湧き上がる。

 会社や同僚のベテラン職人にも最近は疑問を感じる。「職人は言葉で人に伝えるのが下手。教えるより、『俺の背中を見て学べ』という人が多い。会社もそうだが、若手が欲しいなら、自分から何かを変える努力をするべきだ」。

 職人として独り立ちし始めた今、やっと見つけた天職を守るために何をするべきか。「若手の育成」という新たな目標が、猪俣さんの中に芽生えている。

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