世界的な人気作家の村上春樹氏の作品や研究資料などを所蔵する「早稲田大学国際文学館」(村上春樹ライブラリー、十重田裕一館長)が1日、開館する。建築家の隈研吾氏(早稲田大学特命教授)の設計で1968年に建てられた4号館をリノベーションし、文学の研究・交流拠点に生まれ変わった。
村上氏ゆかりの品々が並ぶラウンジやオーディオルームのほか、カフェや展示室などを設けた。研究者や文学ファンらが集う場として、海外からの注目も浴びそうだ。
早大が東京都新宿区の早稲田キャンパス内に整備した。村上氏は68年の早大入学後、演劇を学んだ。同館に隣接する演劇博物館には毎日のように通ったという。当時は70年安保闘争に代表される学生運動の嵐が吹き荒れた時代。開館に先立ち9月22日に開かれた会見で村上氏は、69年に学生が4号館を占拠しジャズピアニストの山下洋輔さんがライブを開いたエピソードを振り返り、「そういう建物をまるごと使わせていただける。非常に興味深い巡り合わせだ」と感慨深げに語った。
「当時、僕らは大学解体をスローガンに掲げていた。一方通行的な体制を打破して、もっと開かれた自由な大学をつくっていこうという思いだった。理想としては間違ってはいなかった」と村上氏。同館の目指す姿を「自由で独特でフレッシュなスポット」と表現し、「先生が教えて生徒が受け取るだけではなく、学生がアイデアを出していける場所になるといい」と話した。
同館は、RC造地下1階地上5階建て延べ2147平方メートルの規模。地上1階に村上氏の初版本などが並ぶギャラリーや、村上氏が寄贈したレコードを楽しむことができるオーディオルームを配置。2階にワークショップなどができるラボやスタジオ、展示室を設けた。初回の展示は「建築のなかの文学、文学のなかの建築」がテーマだ。3階に村上氏を扱った記事のスクラップブックや研究用図書などを所蔵。4階は研究室で、村上春樹文学と国際文学、翻訳文学の研究を後押しする。
地下1階には、ラウンジや村上氏の書斎を再現したスペース、現役学生が経営するカフェを用意。村上氏がかつて経営していたジャズ喫茶「ピーター・キャット」で使用していたグランドピアノも目にできる。
館内は多くの場所に本が並ぶ。地上1階のコンクリートスラブを撤去して造った吹き抜け空間に、アーチを施した階段本棚を設けた。村上氏や世界の文学作品が陳列されており、順次、入れ替える予定だ。
所々に無表情のフィギュアが置かれ、上下が逆さまに配置された物もある。どういう場から見渡すかによって社会への見方は変わる。そうした世界との関係性を表現しており、パラレルワールドを舞台とする村上作品へといざなうようなイメージが広がる。設計は隈研吾建築都市設計事務所。改築工事は熊谷組が手掛けた。隈氏は「トンネルを建物の中に造りたかった」と話す。建物屋外に設置したトンネル状の木のひさしは、あえて存在感を希薄にしたという。「現実か分からないようなはざまの世界が村上さんの文学の特徴だと思う。非現実感を建築という現実的なメディアを通じて表した」(隈氏)。
リノベーション構想を聞いた時、願ってもない条件だと感じたそうだ。「何でもない4号館に『扉を開けると全然違う世界が開けている』という建築を造れたら、村上さんの世界そのものを形にできると思った」と隈氏。風や緑を感じられる空間づくりにも力を注いだ。
12億円の改築費用は、村上氏と同じ年に早大へ入学したファーストリテイリングの柳井正代表取締役会長兼社長が寄付した。柳井氏は「世界中から日本文化に興味がある方に来てもらって、楽しい、そして発信できる場所を作ってほしい」と期待した。早大の田中愛治総長は「時空を超えた体験をしていただき、若い方の中から世界中から愛される小説家が生まれることも期待している」と話す。同館のコンセプトは「物語を拓(ひら)こう、心を語ろう」。「意識的にせよ無意識的にせよ、人は自分の過去・未来を物語化しないとうまく生きていけない」と村上氏は言う。同館を基点にこれからどのような物語が紡がれていくのか、楽しみが広がりそうだ。
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