2017年5月24日水曜日

【研究室訪問】東京大学工学部建築学科・伊藤毅研究室


 ◇「領域史」研究を切り開く◇

 東京大学工学部建築学科の伊藤毅研究室は、東大初の「都市史」を専門とする研究室だ。

 伊藤教授は、時代・地域を問わず幅広いテーマを扱い、世界各地で現地調査を実施。2013年には「都市史学会」を立ち上げ、建築と土木、都市をつなぐインフラに着目した都市史研究を深めている。これまで優秀な研究者を輩出しているほか、「建築史を素養として身に付け、卒業後は建築設計の道に進む学生が多い」(伊藤教授)という。

 伊藤教授の研究の出発点は日本の都市史だが、1999年から一年間、コロンビア大学客員研究員として米国で過ごしたことをきっかけに、海外の都市にも目を向け始めた。植民都市として栄えたキューバの首都ハバナや、13、14世紀に成立したフランス南西部の新都市「バスティード」の調査を実施した。

 東大の建築と土木の研究者が連携して進める研究プログラムに参加したことを機に、建築と土木と都市をつなぐ「インフラ」に着目。オランダ北部フリースラント州に多数現存するテルプと呼ばれる人工の丘の上につくられた集落や、イタリア北東部ポー川水系の都市、17世紀に開かれた南仏ラングドック地方のミディ運河とその周りに成立した都市の研究などを進めている。

 物理的な範囲だけでは都市を捉え切れないとの考えから、伊藤教授は「領域」という視点を提唱する。地図上の線だけでなく、山や川など自然地理的、また言語など社会的な区切りによって生まれる区域を含めた「領域史」という新たな学問体系を切り開こうと意気込んでいる。

 12年に、日本近世史が専門の吉田伸之東大名誉教授と共に日本建築学会賞(業績)を受賞した。受賞業績は「学的融合による都市史研究プラットホームの構築」。両氏が編集を担い、幅広い分野の歴史研究者が執筆した書籍『伝統都市』全4巻(10年)の成果を中心に、都市をテーマに建築学と歴史学が融合した学際的な研究領域を開拓したと評価された。13年には「都市史学会」を設立し、日本史と建築史だけでなく東洋史や西洋史、美術史、土木史、都市計画史などの専門家も加わった研究ネットワークを築いているところだ。

 ◇世界各地で調査実施、小さなインフラを提唱◇


 最近では、カリブ海・アンティル諸島の調査に着手した。独自の社会を持ちながらも周囲の島や大陸と連携して生存してきた島とその周囲の海を含めた領域を対象とし、植民地時代から独立を経て近現代に至る歴史を踏まえた島のあり方を探る「島嶼(とうしょ)論」を展開していきたいとしている。

 ゼミの学生は、テーマごとに設置された研究会に自由に参加。調査に同行して研究手法を学び、自らの卒論・学位論文の研究に生かす。現地では毎晩ミーティングを行い、白熱した議論が2~3時間続くこともあるほどだ。博士課程には毎年20人程度が所属し、伊藤教授の都市史研究を近くで学びたいと訪れる留学生も多い。伊藤教授は「研究室の自慢は学生が優秀なこと。自分の問題意識から出発して自由に取り組んでいる」と笑顔を見せる。

南仏ラングドック州カスペタン村
で行った現地調査の様子
 災害は都市にもともと存在するものと考える伊藤教授は、11年の東日本大震災が都市史研究を見直すきっかけになったと話す。近代以降、人がつくり上げてきた重厚長大なインフラをもってしても、都市が内包する危機を抑えることはできないことが明らかになった今、都市とインフラはどこを目指すべきか。

 伊藤教授は、オランダのテルプのように住民の共同体だけで維持できる「小さなインフラ」を提示する。

 「震災後、政府は広範囲に大堤防を建設しようとしているが、資金的に不可能に近いだろう。近隣の住民が利益を享受する小規模なインフラが必要だと考える。当然あるとされてきたインフラや大地といった前提がなくなったらどうするか、都市のあり方を問い直す時代が来ている。今こそ複雑な全体像に目を向ける領域論的アプローチが求められている」。

 (いとう・たけし)52年京都府生まれ。77年東京大学工学部建築学科卒、79年同大学院修士課程修了。84年同大助手、87年工学博士取得、94年同大助教授、99年コロンビア大学客員研究員、00年東京大学教授。

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