◇〝いつ、誰が、何をするか〟を事前合意◇
昨年9月に発生した関東・東北豪雨災害。茨城県常総市を流れる鬼怒川の堤防が決壊し、褐色の水が住宅街に押し寄せた。こうした洪水被害などの自然災害に対し、どのような防災対策をすればよいのか。今年の出水期を前に、事前防災行動計画の作成方法などをまとめた書籍『タイムライン~日本の防災対策が変わる』(日刊建設工業新聞社刊)の著者・松尾一郎環境防災総合政策研究機構(CeMI)タイムライン研究会代表兼環境・防災研究所副所長にタイムラインの効果などを聞いた。
--本書を執筆したきっかけは。
「建設コンサルタント会社で河川や社会インフラの災害に関わる仕事に20年、現在の法人で災害から人命を守る仕事に20年近く関わり、日本の防災対策は過去の教訓や課題が生かされていないと感じていた。もちろん何も対策を講じていないわけではないが、結果として自然災害が起きるたびに多くの命が失われている。どうしたら災害から人命を守ることができるのか。それを長年考えてきた。そんな折、2012年にハリケーン『サンディ』で大きな被害を受けた米国東海岸へ現地調査に出掛けた。その時に出会ったのが、ニュージャージー州が作成していた『ハリケーンレスポンスプラン付属書』、いわゆる『米国版タイムライン』だ。その内容を知り、これは日本の防災対策を変える新たな仕組みやツールになると直感した」
--タイムラインの特徴は。
「地方自治体は災害対策基本法に基づき地域防災計画を作成している。ただ、この中には具体的な内容は書かれていない。タイムラインは『事前防災行動計画』と呼ばれ、具体的に『いつ、誰が、何をするか』をあらかじめ合意するというものだ。例えば台風による風水害であれば、台風が上陸する5日前から台風が通過した2日後まで、各関係者の具体的な防災行動が明記されている」
--どんな人が参加し、作成期間はどのくらいか。
「参加者はさまざまな分野に及ぶ。災害の危険度やリスクを評価できる人、例えば河川災害であれば国土交通省や都道府県の河川管理者、さらに気象情報が分かる地方気象台の担当者、インフラに関わる電気、通信、交通などの関係者なども参加する。このメンバーにその地域の自治体の各部署の担当者、消防団や民生委員などの地域の防災関係者、各自治会の幹部らも加わる。これらの人が地域特性などを踏まえて半年程度かけて議論し、各人が合意しながらタイムラインを作成していく」
--既に作成済みの三重県紀宝町や高知県大豊町での効果は。
「タイムラインにはさまざまな効果があるが、最大の効果は防災対策を行う上で『顔の見える』関係が出来上がることだ。タイムラインの作成の場が防災対策のコミュニケーションの場となり、意思疎通が自然にできる。各人が自律的な行動ができるので、避難の判断や行動が迅速になる。自然災害なので不測の事態もあり得るが、それ以外のことが円滑にできれば、不測の事態にも集中して対応できる。紀宝町ではタイムラインを運用しながら、その後に『ふりかえり』と呼ぶレビューを何度も行って内容を少しずつ修正し、不測の事態を地道に解消している」
--最近、自然災害が発生するたびに自治体の対応が批判を受けるケースが多い。
「自治体の防災担当者は防災の専門家ではないケースが大半だ。首長はそうした担当者から意見を聞き、住民に避難を促す判断をしなければいけない。こうした仕組みで常に適切な判断をするには無理がある。タイムラインを作成すれば、専門家の意見を聞ける仕組みができる。これは大切なことだ。事前の防災行動を決めると、職員の超過勤務が増えるのではないかという指摘も受けるが、お日さまがある明るいうちに避難誘導をすれば勤務時間内に収まり、むしろ無駄な防災行動が解消されるケースも多い」
--台風災害などでは有効だが地震災害には使えないのでは。
「地震の場合、発生後の対応が基本になる。最初の揺れは各人が命を守る行動を行い、その後、被害状況の把握、72時間以内の人命救助、一時避難、二次避難と被災地の自治体が行うべき行動が変わっていく。こうした地震後の行政側の対応をタイムラインでまとめることは有効だ。4月に熊本で大きな地震被害が発生した。この熊本地震をレビューし、地震タイムラインを作成したい。タイムラインは、風水害や津波、火山などの自然災害への地域の対応だけでなく、企業の防災対策などにも幅広く活用できるようにしたい」。
まつお・いちろう NPO法人環境防災総合政策研究機構(CeMI)環境・防災研究所副所長、東京大学生産技術研究所研究員。日本災害情報学会理事。専門分野は防災行動計画やコミュニティー防災。建設コンサルタントで河川管理やダム管理の標準化に従事し、自然災害分野のエンジニアとして活躍。タイムラインに関するわが国の第一人者で、多くの市町村のタイムライン検討会で座長を務める。
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