◇「未来の風景」ここから発信、「スポーツの民主化」へ自立を◇
東京五輪・パラリンピックが開催される2020年、主要な競技会場が立地する東京都の臨海地域への注目度はこれまでにも増して高まるだろう。東京港の豊洲ふ頭(江東区)に3年前、開業した「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」。ここには障害や年齢、性別、国籍など、あらゆる垣根を越えてスポーツを楽しむ光景がある。スタジアムの設置構想は、新豊洲エリアの未来像を議論するプロジェクトの中で元プロ陸上選手の為末大氏が提案した内容がベースとなっている。同スタジアムの館長も務める為末氏に、ここから発信するポスト五輪に向けた思いなどを語ってもらった。
ここに「未来の風景」をつくりたい。そうした議論からスタジアム構想は始まった。バックグラウンドに関係なく、いろんな人たちが「走る」ためだけに集まる場だ。新豊洲に初めて足を運んだ時、ここには原っぱしかなかった。この真っ白なキャンバスならば、本来あるべき風景を描けると思った。
所管省庁の違いから同じ施設をパラ選手と一緒に使えないことがある。われわれスポーツ選手同士の交流も実際に少なかったように思う。いろんなパラ選手に、どんな施設がいいのか話を聞いた。まずは車いすが出入りできるよう段差を無くす。シャワー室に手すりが必要という意見もあった。義足を外し、片足跳びでシャワー室に入るのはさすがに危ない。そうしてさまざまなものをそろえてきた。
施設内には義足開発のベンチャー企業がオフィスを構え、パラ選手をサポートしている。「未来」という言葉はロボットなどのハイテク技術を思い起こしがちだが、それとは対照的に自然志向を欲する動きもある。それらが合わさった「体温があるテクノロジー」のようなものを実現しようと議論を深めていった。義足のハイテク技術がありながら、ここで行われているのは「走る」という行為であり、人の営みだ。その中から互いのつながりが生まれていく。それが未来の風景ではないだろうか。
□現実前にすると意識が変わる□
スポーツの現場では「見ると、できる」ということがたびたび起こる。短距離走だと10秒00という数字の前で途端に記録の伸びが止まる。でも誰かが突破すると、なだれ込むように後に続いていく。現実を目の当たりにすると、人はできなかったことができるようになるようだ。
だからこそ「風景をつくる」ことが重要だと思っている。風景とはリアルな現実のことだ。障害に対する意識を変えようと思っても、言葉で説明するのは難しい。だが風景という形で現実を目の当たりにした瞬間、人の意識はがらりと変わる。まさに「見ると、できる」という感覚だ。
国内スポーツにおける「部活」などの文化は、おそらく社会のコミュニティーや組織の在り方に多大な影響を与えている。多様性に乏しく、限られた人々が局所的に集まる世界。それをさまざまな背景を持った人たちが非言語的な会話を交わし、緩やかにつながる社会にシフトさせていくべきだと考えている。未来の風景を先取りするような場所を、日本のどこか1カ所にでもつくりたかった。
□新たな立ち位置見いだす好機□
陸上競技選手としての経験からすると五輪は本当にあっという間。すごい感動はあると思うが、終わってみればたった2週間のお祭りだ。感動だけで食べてはいけない。
2020年は、スポーツ界や日本全体で大きな意識の転換が起こる機会になればいいと思っている。日本が振る舞うべき新しいキャラクターを見いだせるかどうかだ。かつてのようなキャラクターに戻ろうとする気持ちは捨てた方がいい。アジアの人々にオープンに接し、困った時に頼れるようなキャラクターに変わるチャンスだと思う。
昨年のラグビーワールドカップでは国内でプレーする外国人選手が活躍し、日本語でスピーチする姿があった。「これはいい」という風景は集まってきている。世界から訪れた人たちに思いも寄らない日本の良さを指摘され、「それもいい」と再認識することもあるだろう。
世界のスポーツ界では「ホットスポット化」が起きている。各国のテニス選手が米フロリダ州を拠点としているように、日本もそういう場になり得ると思っている。常時運営している選手村のような場所があってもいい。このスタジアムの延長線上で、その可能性を探っている。昨年からはアジアの陸上選手を呼んで合同合宿を始めた。そうした試みを、少しずつ規模を大きくして続けていきたい。
□自分を見つめ直しアジアに目を□
これからのスポーツ施設はどうあるべきか。興味が引かれるのは「スポーツの民主化」というテーマだ。要するに「土日以外は施設をどうするか」という問題がある。スポーツのためだけに施設を造るのは、もはや厳しいと言わざるを得ない。公園のようにスポーツ施設を使うことに活路を見いだせるのではないか。
以前住んでいた米国のサンディエゴには(野球チームの)パドレスのスタジアムがある。ある日、自転車に乗っていると、いつの間にか外野席の芝生に迷い込んでしまった。気がついたらスタジアムに入り、そのまま出ていく。サンドイッチをほおばりピクニックしている人たちもいた。
「ノンフットボールスタジアム」というアイデアがある。スタジアムだけどフットボールが中心ではない。「ここは聖域だ」と区切ってしまうのはもったいない。周辺の風景となだらかになじんでいる。ビールやコーヒーを飲みに行く場でもいいのだ。
東京五輪を巡って「アスリートファースト」という言葉が多用された。ただ、そこには持続可能性が欠けている。長期的にアスリートを支えるならば、スポーツ施設が稼げるようになり、スポーツ団体も自立し、選手をサポートできるようにならないといけない。スポーツの民主化とは、スポーツ界の自立も意味する。
国内のあらゆる地域や街にとっても同じことが言える。自立のためにコーチから離れるスポーツ選手のように、自分たちの姿を見つめ直し、さらにはアジアに目を向けてみる。自立するというシンプルな事柄をこの機会にもう一度、腹落ちさせることが大切な気がする。
(ためすえ・だい)1978年広島県生まれ。ハードル選手として2000年シドニー五輪、04年アテネ五輪、08年北京五輪に3大会連続出場。01年世界陸上エドモントン大会と05年世界陸上ヘルシンキ大会の男子400メートルハードルで銅メダルを獲得した。現在はスポーツやテクノロジーに関する事業を行うDeportare Partnersの代表を務めるなど多方面で活躍している。
《新豊洲Brilliaランニングスタジアム》
高機能フッ素樹脂膜材「ETFEフィルム」を大規模に採用した国内初の施設。メインフレームには国産カラマツの湾曲集成材を使用している。全長109mの施設内に陸上トラック(60m)などを配置した。
土地所有者は東京ガス用地開発、建築主は太陽工業。建築設計は武松幸治+E・P・A環境変換装置建築研究所、構造設計はKAP、施工は中央建設と太陽工業が手掛けた。建築作品としての評価も高く、2018年に日本建設業連合会のBCS賞、19年に日本建築学会賞の作品部門を受賞している。
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