2021年7月12日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・291

木材は古くて新しい素材として大きな可能性を秘める

 ◇新たな木造建築の文化を世界に◇ 

 建築の木造化・木質化に取り組む建築家の伊丹隼人さん(仮名)。設計事務所を立ち上げて10年。木材を提案し採用された案件は商業施設や飲食店、病院などさまざまな用途に広がっている。二酸化炭素(CO2)を吸収、固定、蓄積する木材の利用に期待が高まり、SDGs(持続可能な開発目標)の取り組みなど時代の追い風も。「古くて新しい素材」と可能性を感じている。

 芸術好きの両親の下で育った。子どものころから美術や音楽、建築などに触れる機会が多く、芸術や文化に安らぎを覚えた。西洋文化に傾倒し、大学1、2年生の時には時間を見つけて欧州諸国を旅して回った。行く先々で重厚な石造りの建築に圧倒。「歴史に基づいた重厚さがある」と、ますます西洋文化に心酔していった。

 3年生を目前にした時期、専攻分野に悩んでいた時に漠然と建築に携わりたいと思い、洋の東西を問わず建築の歴史を調べてみた。すると日本には西洋の「石の文化」に勝るとも劣らない「木の文化」があると知った。微細な組織構造から材料加工、木造建築まで広範な科学と技術を身に付けようと、建築学ではなく農学のアプローチで「木材」を学ぶ研究室に進んだ。

 木材は軽くて加工しやすく、構造体としての強度も保持している。研究活動を通じて「バランスの良い素材だ」と実感した。コンクリートや鉄で造る現代建築に木材を積極的に取り入れて「木の文化を現代に取り戻したい」との思いが胸に宿った。

 卒業後は研究室の先輩が主宰する建築設計事務所に入った。自然素材の木材を高い精度が求められる建築に取り入れる難しさがある一方、完成した空間の豊かさや優しさに心を震わせた。そんなことを繰り返しながら、10年を節目に独立することを決めた。

 新たな一歩を踏み出した途端、大学で非常勤講師を務めることになった。木材を自由に使うワークショップを開くと、日本家屋にあるような縁側やひさしといった、どことなく日本を感じるものをデザインして製作する学生が多かった。「日本は国土の約7割を森林が占める。太古の昔から木と共に歩んできた日本人には木に対する『暗黙知』(経験や勘、直感などに基づく知識)のようなものがあるのだろう」。

 事務所の本棚には建築や木材に関する書籍のほか、浮世絵の画集も並んでいる。浮世絵はそれぞれの流派が模倣しあって画風を作り上げてきた。「先人のデザインや構図を美しいと思う心も日本人の『暗黙知』に含まれているのかも。私も歴史に学び、新たな着想につなげていきたい」と語る。

 日本を感じつつも独創性あふれるデザインが真骨頂。「木の魅力に取りつかれて、ここまで走ってきた」と振り返り、「新しい木造建築の文化を創造し、世界に発信したい」と胸に宿る思いは熱さが増す。

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