利用者の意向を踏まえた施設整備が求められている |
◇議事運営通して視野広がる◇
地方都市にある私立大学で働く熊崎篤志さん(仮名)はここ数年、キャンパスの再整備事業に携わってきた。「『学生のために』という気持ちを原動力に仕事してきたが、再整備事業に関わったことで初めて苦い経験をした」。キャンパスに対するさまざまな要望や思惑が交錯する中で、板挟みになるケースも少なくなかった。
熊崎さんは大学で文学を専攻した。在学中に発生したリーマンショックの影響で、就職活動が「就職氷河期並みに厳しい」といわれた時期に当たってしまった。景気の先行きは不透明。不安を抱えながら就活で、「大学職員」は安定志向の学生に人気だった。熊崎さんも複数に応募し、幸運にも母校の大学に事務職として採用された。
働き始めて12年、学生の就活支援、広報などの仕事を経験した。今年の3月まではキャンパス再整備事業を担当。建築系学部が主導するプロジェクトの基本構想や計画の検討委員会を運営事務局としてサポートした。
再整備事業は、複数あるキャンパスを都市部のキャンパスに段階的に集約するのが柱。検討委で学生の増加に合わせた教室棟や図書館、体育館など施設機能の増強や配置計画などを話し合った。
「建築設計に関する知識は皆無だが、会議運営なら自分にもできる」と高をくくっていたが、そんなに甘い仕事ではなかった。検討委でキャンパスの限られた敷地を有効に使うため、図書館と体育館を一体的に建て替える案が浮上した。合理的でいい案だという意見が大勢を占めたが、図書館の上に体育館を置くという計画に文学部の教授が猛反発した。
静かに読書をする図書館の上に騒々しい体育館を置くのは許せない。それが反対の理由だった。「最も図書館を利用する文学部が反対しているのに、本をろくに読まない学部の意見を押し通すのか」という乱暴な意見も飛び出し、検討委は紛糾した。
文学部出身の熊崎さんも教授たちの思いは理解できた。葛藤もあったが「『会議の円滑な進行』という仕事を全うする」との信念が勝った。会議後、教授たちの意見を尊重しつつ、円滑な議事運営のためにも発言の仕方に配慮してほしいとお願いして回った。それ以降は会議が荒れることはなく、建設的な議論が行われた。紆余(うよ)曲折はあったが文学部の意見が通り、体育館と図書館を分けるプランが決まった。
再整備事業で教授陣と向き合い、学生だけでなくキャンパスの全利用者を強く意識するようになった。苦労はあったものの視野が広がる得難い経験だった。計画道半ばで今後も施設整備は続く。「多くの人にとって使いやすいキャンパスになるように」。そう願いながら、利用者の一人として事業の行方を見守っていく。
0 comments :
コメントを投稿