◇自分なりに考え前進を◇
土木分野に進んだのは建設関係の仕事をしていた父親の影響です。土木の世界が身近にあったので大学で土木を選び、今に至っています。
主に設計畑を歩いてきました。入社1年目は最初に設計課へ配属されましたが、その後すぐに東北・上越新幹線の工事で現場の応援に入りました。先輩社員に教えてもらいながら橋梁区間の桁を架けて、PC(プレストレストコンクリート)鋼材を横締めする作業を繰り返しました。大宮駅(さいたま市)までの開業を翌年に控えた時期で忙しく、精神的に鍛えられました。この経験が後に大きく役立ちました。
2年目から設計業務が本格的に始まりました。若手時代に手掛けた仕事で印象に残っているのは、北海道岩見沢市での汚泥処理用卵形消化槽の計画と工事設計です。日本で初めて建設されたPC卵形消化槽の一つでした。
その前から社内で主にタンクの設計を手掛けていた経緯から、たまたま私に声が掛かったのだと思います。試行錯誤の繰り返しでしたが現場を含め周りの方に助けてもらい、何とかやり遂げることができました。20代にこうした経験ができ、教科書では得られない多くのことを勉強させてもらえたと思っています。
現場経験が少なく設計だけをしていると、「これで良いのだろうか。施工できるのだろうか」と不安になることがあります。そこで設計だけでは限界を感じるようになり、上司に頼んで上信越自動車道碓氷橋PC上部工の施工管理を経験させてもらいました。
その後、揖斐川をまたぐ第二名神高速道路の橋梁工事では、西工区の担当として現場事務所で設計を手掛けました。最大重量400トンのセグメントを張り出し架設で順次架けていって橋梁を構築することは決まっていましたが、詳細は固まっていませんでした。解析方法、設計方法も自分たちで検討しながら発注者や施工担当と調整し、詳細設計を進めました。
施工していく中で課題が見つかれば原因や対策を考えて、次の施工に生かしていきました。やっている最中は必死で、心が折れそうになる時もありました。ただ工事が終わった後、面白い仕事だった、得難い経験をさせてもらえたということを強く感じました。
若い人には教えられるだけではなく、自分で考えることを心掛けてほしいと思っています。勉強して知識を持ち、自分で物を見ながら考えて知恵を出して判断する。これが重要です。マニュアル通りにやれば良いとは考えず、おかしいところは変えていく。そういう目を持つべきです。建設業はチーム戦ですから、コミュニケーションも大切にしてほしいですね。
建設会社の一番の財産は人です。若い方が育っていくにはどう手助けしていけば良いかを自分なりに考えていきます。それがこれからのチャレンジです。
海外研修制度で訪問した米カリフォルニア州 運輸局での1枚(左端が本人)米国各地で橋を見て回った。 |
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