2020年6月1日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・255

地域住民との対話を通じてより良い街づくりをめざす
◇違う立場の声に耳を傾ける◇

 各地で進む再開発事業。街づくりには自治体の個性が表れ、担当者は強いこだわりを持つ。基礎自治体の職員として20年以上のキャリアがある武井宏さん(仮名)は「地域の魅力を最大限に生かして、住民と訪れる人の双方が満足できる街を目指したい」と話す。

 初めから進もうとしていた道ではなかった。高校卒業後、働きながら大学の夜間学部に通い教員を志した。だが公立高校の教員採用試験に3回挑戦してあえなく失敗。失意の中、地元自治体の技術系職員採用試験に応募したところ、合格し「同じ公務員なら」と就職を決めた。

 最初の配属先では道路の補修・設計を担当した。初めての仕事に意気込んで臨んだものの、設計を学んだことは一度もない。必死に取り組むが次から次に分からない言葉が出てくる。仕事でへとへとになる日々。毎日のように「これがやりたい仕事なのか」と自問自答した。

 迷っていた武井さんに広域自治体への出向という転機が訪れる。大規模な再開発事業を担当し、タワーマンションの建設に携わることになった。再開発は未経験の業務。「また最初からかよ」と思いながらも、再開発の制度や法令を一から学んだ。

 許可を得る側から許可する側に立場が変わった。新しい職場で「こうして交渉すればよかったのか」とひらめく場面に多く行き当たり、出向が終わったら仕事に生かしたいと思いを強くした。

 2年の出向期間が終わり、元の自治体で交通マスタープランの策定に携わることになった。地域住民への説明が業務の多くを占めた。「広域自治体での経験を生かせるはず」と意気込んで仕事に挑んだ。

 だがその自信はある出来事で雲散霧消した。「全ての地域のお年寄りが交通網から取り残されないようにしたい」と考えた武井さん。交通機関の少ない地域、バス停から離れている地域を抽出してコミュニティーバスを通すアイデアを立案し、住民説明会を開いた。

 返ってきたのは「ここにバスを通しても使う人はいないと思う。もっと他の所に通したら」という声。地元のお年寄りは徒歩や自転車で買い物に行くことが健康に良いと考えていた。わざわざバスの運賃を払う気はないという。自分の経験や知識で最良と思った提案。けれども「実際に利用する人たちの意見を取り入れないとものにならない」とこの一件で思い知った。

 こうして身に付けた「違う立場の声に耳を傾ける」姿勢を、現在担当する再開発事業に生かしている。再開発に反対する意見が地元にあるのは確か。「地元の一人一人が再開発の主役」と語る武井さんは、ワークショップを開いたり地権者の元に通ったりして、反対派の声を丹念に聞きたいと思っている。

 「再開発はゴールではない。昔ながらの街並みを愛する方にも新しく住む方にも喜んでもらえる街を作るのが目的。そのための手間を惜しんではならない」

 虚心坦懐(たんかい)に話し合えば思いは必ず伝わると信じている。

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