企業の信用力とは何かを考えるとき、1979年に亡くなった陶芸家八木一夫とある百貨店の個展開催を巡るエピソードを思い出す▼八木が東京の百貨店から個展を依頼されたのは60年代。土を素材としたオブジェ風のインテリアアートが注目を集め、作品の人気は高まるばかりのころだった。再三の開催要請を断っていたと、没後25年回顧展の後書きにある▼当初は売れなくなれば個展をやめる、作家を育てる姿勢がないと批判。ただ責任者が「私がいるうちは個展を取りやめることは絶対にしない」と断言したことに誠意を感じ、後継の育成を条件に開催が決まったという▼その後どうなったか。百貨店は約束を守り、陶芸展を取り仕切る人材を育て、それは責任者の異動後も続いた。意気に感じた八木は展示期間中ずっと会場に立ち、来訪者と歓談した▼亡くなる3カ月前に行われた個展の最終日、会場には一人でたたずむ八木の姿があった。寂しそうに会場を去りながら百貨店の担当者を見て笑顔でうなずいたそうだ。信義を重んじ、決して手のひらは返さない。金銭には変えられないところで、信用は育まれるのだろう。
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