入学や就職、転勤など春は引っ越しの多い季節。住み慣れた町を離れ、見知らぬ土地での生活はこれから起きる出来事に期待が膨らむ一方で、不安も交錯する▼浮世絵師の葛飾北斎は90歳の生涯を終えるまで、93回引っ越した。転居を繰り返す理由は諸説あるが、有力なのが「掃除ぎらい」。絵に集中するあまり家事をせず、部屋の中が散らかると引っ越した▼遠隔地に居を移すのではなく、生誕地の葛飾郡(東京都葛飾区・墨田区・江東区・江戸川区)の中で、転々と住まいを変えた。3万点を超える作品は、掃除の時間も惜しんで描いたのかもしれない▼作家の津島佑子さんは、北斎の引っ越し癖を小学生のころ伝記で知り、感動したと書いている(『引越』中村武志編、作品社)。自分も引っ越したい。そう思っていた10歳の時転居する。引っ越し前夜、荷造りした段ボールの間で横になったが、その家で起きたことが走馬灯のように思い出され、引っ越しはそれを切り捨てるように思えたという▼引っ越しは単に住まいを変えるだけではない。人の気持ちも新たにする。この春、転居された方に良い出会いがありますように。
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