日々の安全はパトロールから始まる |
「ミスをするのは人間。だから人間を観察するのが私の仕事」。東京都内の高層マンションの新築現場で大手ゼネコンの安全衛生管理者として働く結城邦夫さん(仮名)は常にそう言い聞かせ、ヒューマンエラーに目を光らせている。
建築現場で施工管理を担当していた結城さんが安全管理者に指名されたのは入社13年目。「コスト管理や工期順守という工事全体をマネジメントする立場から、個々の職人の動きや現場の様子に目を配る立場に変わり、最初はその仕事の違いに戸惑った」と話す。
現場で起こる災害の大半は危険を軽視する過信や不注意、健康管理の不徹底などヒューマンエラーに起因する。そう先輩社員に教えられ、危険の芽を摘むのが大事と考え、床に施工材料を放置する人や、安全帯を装着しているにもかかわらず使っていない人、足場や型枠支保工がしっかりと施工されていない状況を見付けては注意喚起を行った。
仕事に慣れてきたと思った直後、一緒に現場を回っていた先輩社員がある50代の作業員に近づき、「君、仕事を止めなさい」と厳しい声を掛けた。何事もなかったように仕事を始めた作業員に「駄目だよ」と再び伝え、仕事を止めさせた。救護室に連れて行くようにいわれ、熱を測ると38度もあった。病を隠していた作業員への怒りもあったが、何も気付かなかった自らのふがいなさにもっと腹が立った。「何でですか」と作業員に詰め寄った肩を先輩社員につかまれ、外に出された。
先輩社員に「どこで気付かれたのですか」と質問すると、すかさず「『木を見て森を見ず』になっていないか」と逆に問われた。言葉の真意を考えあぐねる姿に、先輩社員は「現場は人間で動く。安全帯や機材の不具合にばかり目を向けるのではなく、作業員一人一人の顔や姿、行動をしっかりと見ることだ。具合が悪かった作業員は一人親方だ。一日一日が暮らしの糧だから無理もする。それを事前に把握するのも大事な仕事だ」と諭された。
この出来事をきっかけに、現場へ入所する作業員の顔や行動に目を配り、日々変化する作業内容も頭に入れた。工期が遅れはじめ、段取りの変更が重なると事故発生のリスクは高まる。遅延した工期分を取り戻そうと作業員は無理をしがちになる。先輩からは「現場に入って何か変だと感じたらその直感を信じろ。何がいつもと異なるのかを考え、必ず見付けることだ。見付けられなければ後悔することになる」と厳しく教えられた。
結城さんが思い出に残っているのは、無理を重ねる作業員に「死亡事故が起きたビルが完成し、心から喜べる事業主はいるだろうか。自分の家を建てていた大工さんが工事中に亡くなって、素直に入居したいと思いますか」と話した先輩の姿だ。その言葉に感動したことを伝えると「本当は事業主や元請のことを出すのは彼らに大変に失礼で、ひきょうなやり方だ。頭を上げられないのだから。でも作業員を守れるのはわれわれしかいない」と言い切った先輩の言葉が忘れられない。
職人を守るプロフェッショナルに徹する-。結城さんは今、建築現場に向かいながら心の中でそうつぶやくのが日課になった。
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