2021年11月2日火曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・299

安全教育にVRを導入した

 ◇くどいと言われても手は抜かない◇ 

 橋梁の現場はいくつ目になるだろう。入社して30年が過ぎた石原聡さん(仮名)は現在、国道の上空を通る跨道橋の建設工事の所長を担っている。施工のポイントは「品質と安全」と認識しているが、「安全あってこその品質」と捉えている。「『くどい』、と言われても言い続けるよ」。「声掛け」「指差呼称」「玉掛けの3・3・3運動」の三つを今日も元請の職員と作業員に求める。

 地上から足場を構築し、コンクリートを打設して主桁を建設する。墜落・転落の危険があり、安全帯の着用、足場の開口部や接合部のチェック、近道の禁止といった現場のルールの徹底とともに、「全員が無事に作業を終えて家に帰る」ための安全意識の啓発に力を入れている。不安は常にある。

 現場は事故に至る危険要因が多くありながらも、すべての事故を完全に防ぐことのできる万能な対策はない。設備、人的な動作、人の心理面のどれに対しても「安全のためにできることはすべてやりたい」と思っている。だからこの現場の絶対のルールとして、声掛けなどの三つを繰り返し求めている。

 現場の誰に対してでもひと声掛ければ仲間意識が芽生える。指差呼称は不注意や錯覚、省略などの事故につながる危険回避に効果的なことが実験結果から明らかになっている。玉掛け作業の3・3・3運動は、位置や距離、手順などをそれぞれの建設会社が定め、順守させている。「今はほとんどが高所作業。三つのルールを守り、重大な事態になる墜落、転落を防ぎたい」。

 現場は発注者からの要請で、一定時間の安全教育が義務付けられている。「決まりでなくても行うよ」と思っている中で、新しい取り組みを始めることにした。作業員の安全教育にVR(仮想現実)技術を導入。ゴーグルを装着してもらい、仮想空間で高所の足場や荷受け用の開口部からの転落を体験してもらったり、手すりの有無や接合の状態など足場の不備を指摘してもらったりした。

 「うわッ。目が回る」「気持ち悪くなりますよ」。慣れない仮想空間での体験に戸惑う作業員がいたが、思っていた以上に多くの作業員が参加してくれた。「事前に話したら、テレビやゲームなどでVRがどういうものか分かってくれていた。やってもらってはいけない墜落を体験してもらえた」。映像を見ながら講師が話す座学主体の安全教育は、集中力を鈍らせてしまう作業員がいることがある。「講習の半分は体を動かしてもらうなど、こちらも工夫するのが大事だ」と思っている。

 「午後からはいつもの作業になるよ。段取りをよろしくお願いします」。安全教育を終えて職長にひと声掛けると、「分かりました。飯、どうします?」と、いつもの感じの応答があった。「現場のこの雰囲気、職人との関係を大切にしたい」。だから「くどい」と言われても安全意識の喚起に手を抜くつもりはない。

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