国の登録有形文化財に指定されている歴史的建造物「旧九段会館」(東京都千代田区、1934年竣工)の一部を保存・復元する工事が最終段階を迎えている。戦前の職人技や素材を可能な限り保存しながら、現代の工法や技術も活用して創建当時の姿を復元。耐震性も高め、安全と保存の両立を実現する。旧九段会館部分(保存棟)の工事は12月に完了。17階建ての新築部分を加えたプロジェクト全体では2022年7月の竣工を予定している。
保存棟の外観(東急不動産提供) |
皇居のお堀端に立つ九段会館は竣工当時、「軍人会館」として建設された。RC造の現代建築に和風の瓦屋根をのせる和洋折衷の建築様式「帝冠様式」の代表作。建築家の伊東忠太(1867~1954年)らが設計に携わった。S・RC造地下1階地上4階建て延べ約1万4000平方メートルの規模。国産大理石など貴重な建材を随所に利用し、総建設費は現在価値で約65億円とされている。
終戦後は連合国軍総司令部(GHQ)が接収した。その後、日本遺族会に無償で払い下げられ、名称を「九段会館」と改めて結婚式場やコンサートホールなどに活用された。2011年の東日本大震災で起こった天井部分の崩落事故を機に廃業し、土地と建物を国に返還。17年に東急不動産と鹿島が土地(定期借地権)と建物を落札し、建て替え計画がスタートした。
建て替え計画のコンセプトは「水辺に咲くレトロモダン」。旧九段会館の一部を保存棟として残しつつ、新築する17階建てのオフィスビルと一体化。歴史的建造物と現代建築が融合するデザインを目指している。
旧九段会館は内堀通りと靖国通りに面した部分をL字状に保存。既存の約1万4000平方メートルのうち、7000~8000平方メートルを再活用している。東急不の岡田正志社長は「建物の一部ではなく、2面をほぼ完全に保存している。前の形をそのまま復元できていて、迫力のある施設になると思う」と自信を見せる。
九段会館のエントランスは、正面玄関ホールのブロンズ製の扉が印象的だった。この大きな扉は風雨による劣化が進んでいたため、ステンレスで新たな下地を作り、ブロンズ仕上げ材で組み直して復元した。北東の玄関は創建時から壁面に使用されていた大理石をそのまま活用。鹿島の担当者は「当初は新たな石に貼り替える予定だったが、模様が美しく保存状態も良かったので残すことになった」と話す。壁の剥落を防ぐため現代技術も活用。打ったピンを樹脂で固定する「FST工法」を採用した。
工事では現代工法を取り入れた保存作業が進む(10月29日撮影) |
外壁の「擬石」や「スクラッチタイル」は、創建時の状態で残されており大部分を残すことにした。温水高圧洗浄にかけて創建当時の風合いをよみがえらせた。屋根瓦は状態の良いものを転用し、足りない部分は新たに製作して補っている。瓦の色彩にばらつきを出すため古い釜を使用。40色以上試作し、再現度の高い4色を採用している。
内装の保存・復元にもこだわっている。刀剣や陸軍勲章などをデザインに取り入れた金属製装飾が、柱や壁などに施されている。腐食がないかを確認しながら、きれいに磨き上げ再び活用している。2階にあった応接室と役員室は補修・復元し、90年前の雰囲気を感じさせる貸し会議室として整備する。工事中、応接室の壁面から正倉院宝物殿にある銀壺(つぼ)と類似した模様のクロスを発見。壁面塗装を丁寧に除去し、歴史的価値が高い模様のクロスを復元した。
状態を確認し半数を再利用した屋根瓦(東急不動産提供) |
2階と3階にあった宴会場は創建時の姿を復元し、大規模な会議などを開催できる会議室としてリニューアルする。2階の「鳳凰」では壁や天井に施されたしっくいによる唐草模様のデザインを再現。専用のこてを独自に開発し、左官職人の手作業で復元している。3階の「真珠」では天井が改修されていたため、戦前の絵はがきや創建時の資料を基に、内装の雰囲気をよみがえらせた。
歴史的建造物の躯体を安全に活用するには、耐震性を高めなければいけない。免震レトロフィット工法を採用し、地下1階に免震装置を組み込み、保存部分への影響を最小限に抑えつつ耐震性を高める。柱の傾きに細心の注意を払い施工し、今後60年以上は耐震性能を維持できるという。
新築棟を含めた建物全体はS(CFT)・RC・SRC造地下3階地上17階建て延べ6万7738平方メートルの規模。新築棟は感染症対策やBCP(事業継続計画)対策を施したオフィスビルになる。牛ケ淵に面する敷地の北側には広場を設け、憩いの空間を創出する。
【事業概要】
事業名称=(仮称)九段南一丁目プロジェクト
事業主体=ノーヴェグランデ(東急不動産、鹿島の合同会社)
建設地=東京都千代田区九段南1の5の1ほか
建物規模=S(CFT)・RC・SRC造地下3階地上17階建て延べ6万7738㎡
設計=鹿島・梓設計JV
施工=鹿島
竣工=22年7月(予定)
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