子どもに教えながら自らも成長する |
「最近は子どもに会うのが楽しみ」と話すのは建築現場の世界で24年、鉄筋組み立て作業を行う鉄筋工の合田武さん(仮名)。建設業の技能競技大会で鉄筋工部門の上位となり、現場で職長を任される一人でもある。
合田さんが入職した当時は「技は盗むもの」という気風が強く残っていた。ベテランの職人や親方から「手取り足取り」で細かく教わることはなく、骨組みとなる鉄筋を網目状に組む作業や、「ハッカー」と呼ぶ結束用工具で鋼線を引っかけ回転させて鉄筋を縛る作業は先輩の仕事から見よう見まねで必死に覚えた。自分が終えた仕事を先輩らが無言で直すのを見て、職人の世界は「そんなものだ」と漠然と考えていた。
「無駄な言葉は要らない」というのが当時の現場。次々に入ってくる仲間も「仕事がきつい」というだけでなく、そんな雰囲気になじめずに辞めていくものも多かった。「耐えられるものだけが残る世界」といえば聞こえはいいが、「若手が定着しない業界には将来への不安もあった」。
そんな考えを変えるきっかけを作ってくれたのが子ども向けの現場見学会。作業に追われる毎日の中で、見学会の準備に割かれる時間は少なくない。「事故が起きてはいけないから当たり前のことだが、作業の遅れをどうするのか」と見学会を引き受けた建設会社に当初は不信感も覚えた。
ところが子どもたちは素直で明るい。「皆が大きな声であいさつする」。最初はとまどっていた職人も、子どもが安全で楽しく回れるように自主的に掃除し、危険な場所にはロープや立ち入り禁止の札を貼り、段差は板で覆うなどの工夫を凝らし始めた。子どものあいさつにはきっちり返し、聞かれたことには苦労しながらも分かりやすく説明しようと努力していた。
「楽しいひとときを過ごしてもらいたい」と提案した鋼線の結束競争では「できる子」と「できない子」が生まれた。同じように結束の仕方を教えているつもりでも、なかなか習得できない子もいる。「ほかの子ができるのを見ながら、涙を浮かべているのを見ると教え方が悪いんだなと考える。どうしてもできるようにしたくなるから、ハッカーの握りや手の動きなどの教え方や接し方を考え尽くした」と振り返る。
こうしたことの繰り返しが現場の雰囲気を変えた。「先輩の姿を見て、技を覚える」という古い考え方を押し付けていた時より、「仲間への接し方や教え方がうまくなり、今は現場を離れる若手も少なくなった。子どもを教えることを通して、皆の技能も上がった」と話す。「見て、学べ」から「教えて、学ぶ」という子どもに教えられた人材育成のスタイルは「今の若手に合っている」と感じている。
合田さんが働くのは東京・日本橋の高層ビルの現場。地元には何百年と続く老舗がある。地元の旦那衆の1人から「進歩がない伝統は真の伝統になりえない」と教わった。今は「日々、進歩を」を掲げ、子どもと触れ合い、人材教育のヒントをもらうことを何よりも楽しみにしている。
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