2017年7月10日月曜日

【駆け出しのころ】飛島建設執行役員建築事業本部副本部長・相馬利守氏

 ◇良い経験が成長させてくれた◇

 入社して札幌支店に配属され、最初はマンションの建築工事を担当します。ここに三つ上の先輩で寡黙な方がおられました。最初は取っ付きにくく、どう接したらいいか迷ったのですが、とても人柄が良い方と分かり、1、2カ月もしたら兄弟のように身近な関係にならせていただきました。「人というのは見掛けとは違うんだ」と実感したものです。

 次は新設スキー場のゴンドラリフトを建設する現場に配属されました。当社の中でも駅舎を建築が、リフトの柱脚を土木が担当する工事で、私は人手が足りないというので土木の仕事に携わりました。これが大変でして、かげろうが立つ前の朝もまだ薄暗いうちから、ささやぶをかき分けながら進み、油断をすると転げ落ちてしまいそうな急斜面で測量を行いました。

 後にこの経験が建築現場でも大変に役立つことになります。続いて担当した建築現場で土木で覚えた測量のノウハウを生かしていると、これを見ていた大工の棟梁が何でも相談しに来てくれるようになりました。他の職長さんたちにも広がり、聞かれると自分で考えて答えを出し、お願いされたことも必ず間に合わせようとします。こうやって建築技術者として成長させてもらいました。

 北海道ではこんな経験もありました。小学校の建築工事で、降雪量を見誤り、工程が押して悩んでいると、仲良くさせていただいていた地元の漁師さんらが居酒屋で「片付けぐらいなら皆で手伝いに行ってやるよ」と言い、本当に奥さんも連れて何度か来てくれたことがありました。現場がきれいになると仕事もどんどんはかどり、何とか卒業式に間に合わせることができたのです。校長先生に「よかった」と言ってもらった時、地元の方々の顔が頭に浮かんで離れませんでした。

 そして30代半ばとなり、会社から突然、建築営業を担当するよう命じられて以来、既に現業より営業に携わっている年数の方が長くなりました。最初は異動に戸惑いましたが、良い経験を積むことができているのでよかったと思っています。

 私はこれまで、若い人たちに実践でものを見せるようにしてきたつもりです。「この1年でこういうふうになってほしい。だからこういったやり方でいくけど頑張ってみるかな」と話すと、たいていは「やります」と納得して取り組んでくれます。周囲への目配り、気配りも大切です。自分が何を求められているのか、それに対して何ができるかを考える。そう意識するとうまく回転していきます。これは現業、営業も同じです。

 かつて小学校の建設でお世話になった北海道の町に、竣工から15年ほどたって家族で行ったことがあります。あの居酒屋に入り、何も言わずに席に座ると、少ししてから店の奥さんが気付き、家族と共に歓待してくれました。おやじの株が上がった一日でした。

 (そうま・としもり)1981年日大工学部卒、飛島建設入社。営業本部営業第六部担当課長、建築事業本部営業統括部営業第3G部長、同本部建築営業部長などを経て、16年から現職。群馬県出身、58歳。

20代後半の頃に現場事務所で(右側が本人)。
神奈川県内の建築工事を担当していた

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